113 第6章第13話 可能性
「ヤッホ~みんな! 昨日は、大量得点で勝ったんですってね! おめでとうございます!」
「ありがとう、タマ子ちゃん!」
「俺なんか、昨日はタマ子ちゃんがいなかったから、元気が出なかったんだよ~」
お調子者の千波は、泣き真似をして珠子に握手を求めにきた。
「え? 千波さんは、昨日は調子が出なかったんじゃないんですか?」
「えへへへ……俺ね、タマ子ちゃんがいなかったから、ホームランを1本しか打てなかったんだよ~。でも、1本打てたから、1回握手をお願いします!」
「なんだよ、千波。お前、ホームランは1本でも、満塁だから4打点も付いたんじゃん!」
「え? 満塁ホームランを打ったんですか?」
「うん、まあね! でもさ、昨日は、他のみんなも調子がよくて、全員ヒットを打ったから、合計で10点も入ったんだよな」
ヒーローは自分だけじゃないということで、少し悔しそうにしている千波だったが、チームは10対0で完勝だったのでとてもいい笑顔をしていた。
おまけに、全員安打ということで、千波の後ろにはずらりと昨日のメンバーが並び、珠子の握手の順番を笑顔で待っていたのだった。
「まあ、みんな活躍したんなら仕方ないけど、もうすぐ守備練習が始まるんだから、早くしろよ!」
「分かってますよ、多澤さん! 俺たち、今日もがんばりますよ! なんせ、今日は、その場でタマ子ちゃんと握手ができるんですからね!」
「ところで、昨日の南口はるかの様子は、どうだったんだい?」
「えへへ、ちゃんと多澤さんの言った通りに全部変化球で勝負したら、すべて三振でした!」
キャッチャーの田木矢は、笑顔で多澤に報告していた。
「そう、やっぱり、彼女はまだまだ野球を始めたばかりで、変化球は打てないのね」
徹子は、そう言って相手のベンチの方を見た。そして、南口の様子を探ろうとあちこちに視線を向けた。
「ん?……変ね~。彼女の姿が見えないわ。ベンチの奥にでもいるのかしら?」
「ああ、テッちゃん。彼女ね、しばらくお休みするってさ」
徹子の後ろに新城監督が現れた。
「え? お休みですか? もう、試合に出ないってことですか?」
「あ、いや、そうじゃなくて、なんでも変化球を打つ特訓をするそうだよ。昨日、試合の後で、フォーグスの古九保監督と会って話したんだ」
「そうですか……それじゃ、きっとこの次の対戦では、タマ子のフォークボールは打たれるかもしれませんね」
「そうだな……フォークボールだけならね」
「どういうことです? 監督」
「うん? テッちゃん、僕は期待してるんだよ、タマちゃんの秘密兵器が増えることをね。早く、練習が実るといいね……ふふふ」
新城監督は、珠子の密かな特訓を知っているようだった。少しでもボールの速度を上げ、威力を増すための特訓を……。
「あ、ところで、タマちゃん。次の登板なんだけど、来週の金曜日から始まる『四国みかんオンライズ』3連戦の初日、お願いね! もちろん先発で行くよ!」
「え! 四国みかんオンライズですか! うれし~。あたし、旅行するのが大好きなんですよ! 新城監督? 球場はどこなんですか?」
「あははは、タマちゃん、嬉しそうだね! 球場は、オンライズの本拠地、愛媛県松山市のヤマアラシスタジアムだよ。ドームじゃないけど、天気のいい日は青い空がよく見えて気持ちいいぞ~」
「やったー! なんかウキウキしますね! 愛媛って、美味しいものもたくさんありますよね!」
「タマ子! 私たちは、野球をしに行くのよ。浮かれてると、ボコボコに打たれるかもよ」
「え~、テツ子さん、大丈夫ですよ。はるかちゃんみたいな人は、きっと他のチームにはいませんから!」
「それがな、タマ子ちゃん。いるらしいぞ、南口みたいな選手が……」
「多澤さん、本当ですか?」
「どうも、今年ドラフト外で獲得した選手らしいんだが、それも女子なんだ……」
「ええ、私も聞いたわ。チームの4番を打ってるらしいの」
「テツ子さん、それ本当ですか? 女の子で、4番を打ってるんですか? はるかちゃんでも、3番だったのに……可愛いのかな?」
「ま、可愛いかどうかは知らんが、…………10割らしいんだよ」
「え? 10割って、打率が1.000ってことですか?」
「ん! 時間だ。おう、タマ子も出ろ。球拾いをやるぞ!」
もっと詳しくその打率10割の女子について聞こうと思った珠子だったが、試合前の最終シートノックの時間になってしまった。多澤に促されるように、一緒にグラウンドに出てのお手伝いを始めなければならない。
気楽な珠子は、後で尋ねればいいかと思っていたが、すっかり忘れてしまいその10割の女の子このことは話題にもしなかった。
しばらくして、今日の試合が始まった。ゴールデンウィークももう少しで終わるこの時期、球場は多くのお客さんが来ている。声援も大きくなり、選手たちも活躍しようと張り切っていた。
珠子と多澤、それに珠子専属コーチの徹子には、今日の出番はない。それでも、選手たちの活躍を応援して、力いっぱいベンチから応援の声を飛ばしていた。
(つづく)




