112 第6章第12話 メンテナンス
「……ケイちゃん、随分がんばったんだね……最近じゃ珍しいんじゃないの?」
「ははは……昨日は、サヨナラだったから8回までだったけど、最後まで俺一人で受けたからな」
多澤は、名前の啓司から、『ケイちゃん』と呼ばれていた。
「ああ、そうだったね~。今年から1軍に復帰したんだってね」
「まあ、一人のピッチャー専属だけどな……」
「あの子が、そのピッチャーなんだ……」
カーテン越しの隣の施術台には、珠子がいた。
「……いたたたたた……うっ……うううう……はははは……あああ……」
珠子のうめき声を聞いた多澤は、隣の施術台から声をかけた。
「タマ子ちゃん、そんなに痛いのかい?」
カーテン越しに声をかけられた珠子は、慌てて返事をした。
「あっ、いえ……てててて……へへへへ……多澤さんは、試合後に毎回、こんなことしてるんですか?」
「ん? いつもじゃないけど……マッサージをしてもらうと気持ちいいんだよ。それにな、筋肉の疲れが早くとれるんだ」
「へ~……ははははは……そ、その~……痛いのは時々なんですが、……ははっ、はあ……ちょっとくすぐったくて……あはあははは……」
「くすぐったい? あ、そっか、タマ子ちゃんは、マッサージって初めてなのかい?」
「きゃはははっはは……はい……」
試合の次の日、徹子が気を利かせて、多澤の通っている『鍼灸・マッサージ治療院』に珠子も同行させたのだ。この治療院は、球場から離れた旭川市の中心街にあった。
多澤の治療は院長が行い、珠子には副院長が施術した。ちなみに、副院長は奥さんで、2人とも多澤とは昔からの知り合いであった。
「さあ、終わったよ! ホントに『針』はやらなくていいの?」
「え、ええ……針って、ぶすって刺すんですよね……あたしは、ちょっと……」
「あはははは、怖いんだろ? 違うかい?」
「ち、違いますよ! あんな長い針を刺したら、体の中を針がグルグル動き回って、内臓とかに刺さったらいやだな~……なんて思っただけですよ!」
「え? あ、はあ~……あはははは、大丈夫よ! この針はね、一度は刺すけど、ちゃんと終わったら全部抜くのよ!」
「ええ? 抜くんですか? ……な、なんだ……ふっ」
「やってみる?」
「あ、い、いえ、今日はいいです……」
「そう? じゃあ、今度来たときは、遠慮なく言ってね。いっぱい刺してあげるから! あははははは」
院長も体はがっしりした人だったが、奥さんも負けじと腕や肩の筋肉が張っていて、豪快な感じの人だった。
多澤も施術が終わり、院長先生と待合室に戻ってくると、嬉しそうに副院長である奥さんが声をかけた。
「あんた、このお嬢さんね、見た目は細っこい体なんだけど、体中の筋肉はものすごく頑丈だよ。そうね~、見た目の100倍は力を出せるんじゃないかしら」
「へ~……さすが、プロ野球のピッチャーなんだね」
「やっぱりそうなんだな、タマ子ちゃん」
多澤は、嬉しそうに珠子を眺めていた。
(つづく)




