↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
110/119

110 第6章第10話 歳の功

 “4回の表、フォーグスの攻撃は、やっぱり3人で終わってしまいましたね”

 “そうやな、南口(みなみぐち)も2回目の打席やから何かやってくるんやないかと思ったんやけど、逆に変化球に弱いということをさらしてしまいよったな”


 “確かに、南口選手は、野球経験はまったくないようです。今回、スカウトされてからの日も浅かったので、変化球を打つ練習をする時間はなかったんでしょうね”

 “でもね~あの怪力は恐ろしいものがあると思うんやけど。バットに当たりさえすれば、間違いなくホームランやしな”




 “現在4回の表を終わって、2対0とファイアースが2点リードしています。次は、そのリードしているファイアースの攻撃です。さあ、追加点がとれるかどうかが気になります”




 バッターは、9番の多澤(おおさわ)からだった。多澤は、静かにバッターボックスに入った。


「(……ふ~ん。あいつ、ちょっと肩に力が入っているな。まあ、仕方ないか。あんだけのピッチングを見せられたらな……)」


 多澤は、相手であるフォーグスのピッチャー有村(ありむら)の様子をうかがった。2点を取られたといえ、まだ4回である。普通はそんなに緊張するものでもないはず。しかし、多澤の見立てでは、珠子(たまこ)のピッチングがものすごく印象的に残っているようだった。


 それは、ベンチで見ている徹子(てつこ)も同じ見方だった。


「タマ子は、4回を終わって37球しか投げてないわ。これは、1人当たり3球で終わってるということ。ほとんどは、フライやゴロを打たせてアウトをとっているけど、もう、3球三振をとってるのと同じだものね。敵のピッチャーからすると、この異様さはひしひしと感じてるはず」


 徹子は、隣にいる珠子に言った。


「え? あたしのピッチングが気になってるってことですか? どうして? あの有村さんって、もうベテランのピッチャーでしょ? あたしみたいな新人なんか気にする必要ないんじゃないかな?」

「あのね、タマ子。ピッチャーって、相手のチームのピッチャーがとっても気になるの。だって、自分が相手のピッチャーより多く失点すると負けちゃうんだから」


「そっか……自分がずっと0点に抑えていれば……つまり1点も取られなければ、絶対に負けはないんですもんね」


 すると、新城(しんじょう)監督が少し大きな声で、珠子の発言を訂正した。


「タマ子ちゃん、それは違うよ。別にピッチャーは何点取られてもいいんだ。ちゃんと自分の力を十分発揮して投げてくれれば、それでいいのさ。それで、取られる点数は仕方ないことなんだよ。……後はね、バッターが得点を取ってくれればいいの。相手より1点でも多くの点数を取ってくれれば、試合には勝てるからね。ピッチャーは、とにかく自分の力を発揮することだけを考えればいいんだよ。相手のピッチャーのことなんか、考える必要はないからね」


「そうなんですね……はい! 分かりました。監督! あたし、精一杯自分のできることを頑張ります!」

「うん……それでいいよ! テッちゃんもね、ふふっ」


 監督は、徹子にも笑顔で目くばせをした。


「(そっか……自分のことだけでいいんだ。私は、どうしても気になってたなあ~……あのとき、……だから、変に緊張して打たれたんだ……)」


 徹子は、自分の女子リーグ時代のことを少し思い出してドーム球場の天井を見つめていた。




 ―― カン! ――


 そのとき、乾いたバットの音がした。見ると、多澤がゆっくりとベースを回り、片手を上げながらホームに帰ってきた。



 “いや~見事なホームランでしたね。ライトの頭上を越え、前列ではありますが客席に飛び込む放物線は、ほんとに綺麗でした”

 “いや~力が抜けて、完全にジャストミートちゅうやつやな”


 “これで、1点の追加で、3対0になりました。ファイアースが3点リードです”





「多澤さん、すごかったですね~。おめでとうございます!」


 ベンチに戻ってきた多澤に声をかけた珠子は、千波(せんなみ)の時と同じように右手をスッと前に出した。


「おう! ありがとうな!」


 そう言って、多澤は、自分も右手を出して握手をした。


「え?」

「『え?』って、何だい? いいかい、タマ子ちゃん、ヒットやホームランを打った選手を励ますのは、握手でいいんだよ。まあ、両手でハイタッチでもいいけど……それ以上は、よしときな! 選手を変に甘やかしちゃいかん!」


 珠子は、何を言われているか分からず、ポカンと口を開けてしまったが、多澤は少し大きな声で続けた。


「いいか! お前らも覚えとけ! 活躍したら、握手だからな! いいな!」


 するとベンチにいた選手たちは、少しがっかりしたような顔をしていたが、キャプテンの喜代宮が立ち上がって元気に叫んだ!


「よ~し、僕だってホームラン……いや、たくさんヒットを打って、タマ子ちゃんとハイタッチするぞ!」


 それを聞いた他の選手も「俺も……」「ぼくも……」と、一気にまたベンチが活気づいた。






「……多澤さん、ありがとうございます。これで、タマ子がいちいち頭を撫でなくて済みそうです。あれ……どうしようかと思ってたんですよね」

「あはははは……仕方ないさ。タマ子ちゃんは可愛いからね。……実は、俺もちょっと残念なんだけどね」


 自分のことを言われているとは気づかない珠子は、目を輝かせて多澤を褒めていた


「それにしても多澤さん、ホームランを打つなんてすごいですね!」

「あのな、タマ子ちゃん。俺はもう歳なんだよ。変にヒットを打って走り回るのはいやなの! 少しでも楽をしたいから、もうホームランしか打たないって決めてんだよ、あはははは」


 そう言った多澤は、「どっこいしょ」とベンチに腰を掛け、またゆっくりキャッチャーのプロテクターを身に付け始めたのだった。




(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。