110 第6章第10話 歳の功
“4回の表、フォーグスの攻撃は、やっぱり3人で終わってしまいましたね”
“そうやな、南口も2回目の打席やから何かやってくるんやないかと思ったんやけど、逆に変化球に弱いということをさらしてしまいよったな”
“確かに、南口選手は、野球経験はまったくないようです。今回、スカウトされてからの日も浅かったので、変化球を打つ練習をする時間はなかったんでしょうね”
“でもね~あの怪力は恐ろしいものがあると思うんやけど。バットに当たりさえすれば、間違いなくホームランやしな”
“現在4回の表を終わって、2対0とファイアースが2点リードしています。次は、そのリードしているファイアースの攻撃です。さあ、追加点がとれるかどうかが気になります”
バッターは、9番の多澤からだった。多澤は、静かにバッターボックスに入った。
「(……ふ~ん。あいつ、ちょっと肩に力が入っているな。まあ、仕方ないか。あんだけのピッチングを見せられたらな……)」
多澤は、相手であるフォーグスのピッチャー有村の様子をうかがった。2点を取られたといえ、まだ4回である。普通はそんなに緊張するものでもないはず。しかし、多澤の見立てでは、珠子のピッチングがものすごく印象的に残っているようだった。
それは、ベンチで見ている徹子も同じ見方だった。
「タマ子は、4回を終わって37球しか投げてないわ。これは、1人当たり3球で終わってるということ。ほとんどは、フライやゴロを打たせてアウトをとっているけど、もう、3球三振をとってるのと同じだものね。敵のピッチャーからすると、この異様さはひしひしと感じてるはず」
徹子は、隣にいる珠子に言った。
「え? あたしのピッチングが気になってるってことですか? どうして? あの有村さんって、もうベテランのピッチャーでしょ? あたしみたいな新人なんか気にする必要ないんじゃないかな?」
「あのね、タマ子。ピッチャーって、相手のチームのピッチャーがとっても気になるの。だって、自分が相手のピッチャーより多く失点すると負けちゃうんだから」
「そっか……自分がずっと0点に抑えていれば……つまり1点も取られなければ、絶対に負けはないんですもんね」
すると、新城監督が少し大きな声で、珠子の発言を訂正した。
「タマ子ちゃん、それは違うよ。別にピッチャーは何点取られてもいいんだ。ちゃんと自分の力を十分発揮して投げてくれれば、それでいいのさ。それで、取られる点数は仕方ないことなんだよ。……後はね、バッターが得点を取ってくれればいいの。相手より1点でも多くの点数を取ってくれれば、試合には勝てるからね。ピッチャーは、とにかく自分の力を発揮することだけを考えればいいんだよ。相手のピッチャーのことなんか、考える必要はないからね」
「そうなんですね……はい! 分かりました。監督! あたし、精一杯自分のできることを頑張ります!」
「うん……それでいいよ! テッちゃんもね、ふふっ」
監督は、徹子にも笑顔で目くばせをした。
「(そっか……自分のことだけでいいんだ。私は、どうしても気になってたなあ~……あのとき、……だから、変に緊張して打たれたんだ……)」
徹子は、自分の女子リーグ時代のことを少し思い出してドーム球場の天井を見つめていた。
―― カン! ――
そのとき、乾いたバットの音がした。見ると、多澤がゆっくりとベースを回り、片手を上げながらホームに帰ってきた。
“いや~見事なホームランでしたね。ライトの頭上を越え、前列ではありますが客席に飛び込む放物線は、ほんとに綺麗でした”
“いや~力が抜けて、完全にジャストミートちゅうやつやな”
“これで、1点の追加で、3対0になりました。ファイアースが3点リードです”
「多澤さん、すごかったですね~。おめでとうございます!」
ベンチに戻ってきた多澤に声をかけた珠子は、千波の時と同じように右手をスッと前に出した。
「おう! ありがとうな!」
そう言って、多澤は、自分も右手を出して握手をした。
「え?」
「『え?』って、何だい? いいかい、タマ子ちゃん、ヒットやホームランを打った選手を励ますのは、握手でいいんだよ。まあ、両手でハイタッチでもいいけど……それ以上は、よしときな! 選手を変に甘やかしちゃいかん!」
珠子は、何を言われているか分からず、ポカンと口を開けてしまったが、多澤は少し大きな声で続けた。
「いいか! お前らも覚えとけ! 活躍したら、握手だからな! いいな!」
するとベンチにいた選手たちは、少しがっかりしたような顔をしていたが、キャプテンの喜代宮が立ち上がって元気に叫んだ!
「よ~し、僕だってホームラン……いや、たくさんヒットを打って、タマ子ちゃんとハイタッチするぞ!」
それを聞いた他の選手も「俺も……」「ぼくも……」と、一気にまたベンチが活気づいた。
「……多澤さん、ありがとうございます。これで、タマ子がいちいち頭を撫でなくて済みそうです。あれ……どうしようかと思ってたんですよね」
「あはははは……仕方ないさ。タマ子ちゃんは可愛いからね。……実は、俺もちょっと残念なんだけどね」
自分のことを言われているとは気づかない珠子は、目を輝かせて多澤を褒めていた
「それにしても多澤さん、ホームランを打つなんてすごいですね!」
「あのな、タマ子ちゃん。俺はもう歳なんだよ。変にヒットを打って走り回るのはいやなの! 少しでも楽をしたいから、もうホームランしか打たないって決めてんだよ、あはははは」
そう言った多澤は、「どっこいしょ」とベンチに腰を掛け、またゆっくりキャッチャーのプロテクターを身に付け始めたのだった。
(つづく)




