109 第6章第9話 ベテランの味
“この回、3人目のバッター南口が、左バッターボックスで構えます”
「(ん?……こいつら、やっぱり……。よし! タマ子ちゃん、ここだ!)」
「(え? 多澤さん、いいんですか? ど真ん中の、それも『たまご』でジャイロボールだなんて……絶対に打ちごろですよ。あたしでも、最近は、どんなボールが打たれやすいか分かってきたんですよ~)」
“おや? 北白山、珍しく首を振ってますね~”
“多澤の要求したボールを投げるのが、いややったんかな? どうしたんやろ?”
「(いいから! これだって! 早く投げてこい!)」
「(ええ~? ……もう、打たれても、知らないわよ~……)」
“ピッチャー北白山、ノーワインドアップから腕を振って、投げました……”
『―― ストライーク! ――』
「(あれ? バットを振らなかったわ!)」
「(だから、言ったろ! 大丈夫だって! いいか、次も同じボールだ! こい!)」
「(もう、多澤さんったら! 同じボールを続けて投げると打たれる確率が上がることは、多澤さんが教えてくれたんじゃない! もう、ホント、知らないわよ!)」
“北白山、2球目のモーションに入りました。投げた……”
『―― ストライク ――』
“おーっと、また振りませんでしたね。これで、ノーボール、2ストライクですね”
“勝負は、次の球や!”
「(ふん、やっぱりな! ……よし、次は、このボールだ!)」
「(え? 今度は、リンゴのツッパリボール? しかも、コースはさっきと同じところ? これ? ファールにされるんじゃないかしら……)」
珠子は、半信半疑で頷き、3球目の動作に入った。
―― ギュッ! ――
「(ふっ……はるかちゃん、やっぱりまだ野球素人なんだ……)」
“北白山、投げました……”
―― ブォーン!! ――
―― バシッ ――
『―― スィング アウトー! ――』
“おーっと! 南口、ものすごいスウィングでしたが、見事に空を切り三振に倒れました。いや~空振りでしたが、見事なスウィングでしたね”
“あれは、もし、バットに当たっとったら、バットは粉々やろうけど、間違いなくスタンド上段までは飛んでいたやろな~……恐ろしい振りやったな!”
「くっそ~、なんで? なんでボールん軌道が途中で変わるとね!
最初の2球と同じコースだったばってんが!」
「ん? そりゃ、はるかちゃん、こっちだって直球ばかりは投げないよ。なんせ、打たせたくないからな……はははは」
「そうか……あれが、変化球ち言うやつなんだ。……ほんなこつね……」
南口は、悔しそうにそう呟いてベンチに戻っていった。ただ、その目は闘志に燃えて嬉しそうに、多澤には見えたのだった。
ベンチに戻るなり、珠子はすぐにキャッチャーの多澤に駆け寄り、問い詰めた。
「ねえ、ねえ、多澤さん! どうして、最初にあんな球を要求したんですか? しかも2球も続けて!」
「ん? あはははは……」
多澤は、キャッチャーの防具を外しながら笑って答えた。
「そりゃあ、南口はるかちゃんも、タマ子ちゃんと一緒で野球素人だっていうことさ」
「ん~確かに、いろんな球団資料を調べても、南口はるかは、元女子相撲の全日本チャンピオンだったとしか出てないし、以前に野球をやってたという記録もないわね」
徹子もすぐに話に加わった。
「え~? でも、でも、でも……あたしだって、前に5打席連続ホームランとか打てたのよ! いくら野球素人でも、あたしと同じような怪力の持ち主みたいなはるかちゃんなら、ホームランを打たれてもおかしくなかったはずなのよ!」
「確かにな……。でも、タマ子ちゃんは、どうしてホームランを打てたんだい?」
多澤は、やさしくホームランを打った時のことを思い出させようとした。
「えっと……テツ子さんが、こう、バットを振るんじゃなくて、ただ向かってきたボールに当てるようにするだけだって……」
「そうだろ。ちゃんと、タマ子ちゃんは、打ち方を教わったからホームランを打てたんだよ。……はるかちゃんはね、まず、最初はバットを持つグリップに力が入っていなかったなんだ。う~ん、そうだね、力が入ってないというか、バットを振る準備をしていなかったんだよ」
「そうか、多澤さんの『バッターの観察』は、天下一品ですもんね」
「よしてくれよ、テツ子。そんなのキャッチャーとしたら、当たり前のことだよ」
するとそばで聞いていた新城監督が、横にいたキャッチャーの田木矢の腕を引っ張って言った。
「聞いたかい? キャッチャーなら、当たり前だってさ……ふふ」
監督に抱き着かれたまま、田木矢は照れくさそうにしていたが、耳だけはしっかり多澤の話に釘付けになっていた。
「え? それで、はるかちゃんの何が分かったんですか?」
「つまりな、フォーグスは今までと同じように2ストライクまではバットを振ってこないと思ったのさ」
「はあ……まあ、それは、その前のバッターもそうでしたから……」
「だからだよ、タマ子ちゃん。3球目は、きっと全力で振ってくると思ったんだ。だって、最初のバッターボックスでは、全力じゃなかったって本人が言ってたんだからね」
「そういえば、多澤さん、言ってましたね……」
「それにね、3球目のとき、はるかちゃんは、バットをギュッと力を込めて握ったんだ。これは、変化球なら絶対打てないと思ったね。だって、タマ子ちゃんだって、最初はテツ子の変化球が全然打てなかったろ?」
「はい、思いっきりバットを振ると、ボールがスッと避けていくんですよ。ボールを追いかけたくても、一回振り出してしまうともうバットはゆうことをきかないんです!」
「そうそう、つまり、はるかちゃんは、まだ野球素人なんだということが、あのバッターボックスの姿でよっく分かったんだ」
「そ、それでもですね……」
「え? タマ子、今の多澤さんの説明でも、まだ納得しないの?」
「あ、いえ……テツ子さん。分かりましたよ……で、でも、同じボールは2回続けて投げないって、多澤さんが言ってたんです。同じボールを投げると、コースを読まれることがあるって!」
「あははは……タマ子ちゃん、よく覚えていたね。まあ、それは通常のパターンだよ。裏をかいて同じ球を投げることあるから、そこに縛られない方がいいよ。……でもね、今回は、はるかちゃんにしっかりボールのコースを覚えて欲しかったのさ。どうせバットを振らないんなら、3球目で投げるツッパリボールと途中まで同じコースのボールをね!」
「なるほどね、もう最初から3球目に投げるボールのイメージができていたんですね。さすがです」
「よせよ、テツ子。そんなの普通だからさ……あはははは」
「どう?……分かった? タマ子? あんたは、多澤さんのサイン通りに投げてればいいのよ!」
「分かったわ……。それでも、イヤ! ちゃんとあたしは、多澤さんのサインの意味が分かって投げたいわ!」
「あははは、それでいいさ、タマ子ちゃん。分からんことは何でも聞いてくれ! 自分で納得して投げるのが一番大事だからな!」
「はい! よろしくお願いします、多澤さん!」
思わぬ珠子の自己主張にびっくりした徹子だったが、野球に全力でぶつかっていた頃を思い出してしまった。
すると、もう1人多澤に声をかけてきた選手がいた。
「お、俺も、いっぱい聞きに行きますから! よ、よろしくお願いします!」
「おう、いいぜ! いつでも来な!」
多澤は、嬉しそうに田木矢に向かって手を振った。
(つづく)




