11 第1章第10話 課題も見える
「あのね、タマ子さん。プロ野球選手のピッチャーが投げるボールは、とても速いの。だからバッターは、手元に来たボールなんて見てないのよ」
「え? 見ないで打ってるんですか?」
徹子は、できるだけ珠子にも分かるように、ゆっくりと話し出した。
「うん……まあ、最後まで見てないっていうか、手元に来たボールを見てからバットを振っても間に合わないの。ピッチャーの手を離れてから、ホームベース上に来るまで、約0.4秒なの。それに対して、バッターがバットを振ろうと思ってから所定の位置までバットが届くまでに約0.2秒かかるの。……これが、どういうことか分かりますか?」
徹子は、モニターにマウンドとホームベースを映し出し、その2点を線で結び、真ん中に印を付けた。
「えっと……う~ん……0.4秒とか、0.2秒って、1秒よりも短いってことは……ううん、そうじゃないわね。ピッチャーの投げたボールが0.4秒で、バッターのバットが0.2秒だから……あ! ボールが真ん中まで来た時には、もう振り始めてないとダメなんですね! そこが、ちょうど半分のところなんだ! ピッチャーがボールを投げて、ちょうど半分のところまでの間にバッターがどうやってバットを振るか、どこに向かって振るかを決めないと間に合わないっていうことなんですね!」
珠子は、モニターの画面を見ながら、その真ん中の点がちょうどピッチャーがボールを投げてから進む半分の距離だと理解できた。
「そうよ、よく分かったわね、タマ子さん」
徹子は、まるで小学生に説明するように笑顔を絶やすことなく話を続けた。
「あ、でも、それなら簡単に打てるんじゃないですか? だって、ボールが来るのに半分の距離まで見られるんですよ。どこに来るかなんてすぐに分かるじゃないですか!」
「ええ、タマ子さんの投げたボールならね。だって、真っすぐに来るんだもの。あなたの手を離れた後、ちょっと見てれば、ボールの通り道は一目瞭然よね」
徹子は、画面を切り替え、他のピッチャーが投げたボールの軌跡を映し出した。
「え? 他の選手……ピッチャーは違うんですか?」
「まあ、大抵のピッチャーは変化球といって、手元に来てから曲がったりするので、そう簡単にボールの来る道筋は分からないようにするの」
「ええ? ボールが途中で曲がるんですか? それじゃあ、キャッチャーの人は、困るんじゃないですか? 真っすぐに来ないで、曲がっちゃったらエラーしますよね」
「う~んとね、だから、サインのやり取りとかするんだけど……」
徹子は、ここでキャッチャーが出すサインについて話そうかどうしようかちょっと迷った。
「サインですか? あたし、まだ、サインなんか決めてないんですよね。うちのおじいちゃんは、もう色紙まで用意しちゃってるんだけど」
「えっとね、芸能人が書くサインじゃなくてね……ま、いいわ。その辺は、この後ね」
ところが、珠子の認識は小学生並みだと気づき、サインの話は後日にした方がいいだろうと判断した。
徹子は、頭を掻きながら困った顔をして新城監督の方を見た。すると、新城監督も両手をちょっとだけ挙げて、首を横に振った。
「テッちゃん、難しいことはこの後ゆっくりと勉強してもらうとして、僕はね、思うんだ。タマちゃんの投球は、最初はこれでも打たれないって。だって、球が重いんだもの」
「そうでした……タマ子さんの投げるボールは、とっても痛いんでした」
徹子は、自分の左手を見て、あのキャッチした時の痛みを思い出し、ちょっと眉間に皺が寄ってしまった。
「そう言えば、新城監督に連れて行かれてあたしがボールを投げた時、バッターの人たちはみんな遠くまで飛ばせませんでしたね」
「そう、飛ばせないどころか、3人ともバットが折れたんだよ」
「それで、みんなセカンドフライになったんですね」
「だからさ、最初はこのままの投げ方でいいと思うよ……最初はね」
「そうですか……。それじゃあ、時間をかけて、ゆっくり普通の投げ方を覚えてもらって、ピッチャーとしての技術を身に付ける。そのコーチが、私の役目ということなんですね」
「ああ、お願いするよ。テッちゃん……いや、皆厳徹子君! ただし、そんなにゆっくりしている暇はないんだ。今年は、何としても優勝したいんだよ。そのために、タマちゃんには頑張ってもらいたいと思ってるんだ!」
(つづく)




