107 第6章第7話 ホームランの女神!
1回の裏、ファイアースの攻撃は、3人で終わってしまった。いずれも内野ゴロだった。六十畑、氷田、喜代宮は、みんな珠子のところに来て涙目で謝っていた。
「大丈夫ですよ! 次は、きっと打てますから!」
珠子は、その度に明るく元気に声をかけてみんなを励ました。すると、アウトになってもすぐに元気を取り戻し、次の守備への準備に入る選手たちだった。
そんな選手たちを新城監督はただ黙って見守っていた。
2回の表は、いずれのバッターも2ストライクまではバットを振らなかった。珠子も3球目だけは、力加減をしたジャイロボールで難なく打ち取ることができた。
2回裏の攻撃は、エイエスからの攻撃である。エイエスはホームランバッターであるが、ここは何としても初ヒットでファイアースに勢いをつけたいと考えていた。
そこで、狙った初球を上手くバットに乗せて、ショートの頭を超えるクリーンヒットにして見せた。
「よし! じゃあ、次の俺は、……絶対に……」
ネクストからバッターボックスに向かう5番千波は、一度ベンチの方を振り向きVサインを出した。
「え? 今のVサインはなに? きゃっ! それに、なんか笑顔だったわ!」
珠子は、千波の様子を見て、妙にはしゃぎ出した。
「うるさいわよ、タマ子。ここは、バントで送るのがセオリーなの。エイエスを得点圏に進めるのよ」
「え? でも、テツ子さん、それじゃつまらないじゃないですか? せっかく、張り切っている千波さん、バントじゃ可哀想でしょ?」
「なに言ってるの? 可哀想とかそういう問題じゃないのよ、野球はね。勝たなきゃダメなの。とにかく点数を取ることが大事なの!」
「でも……ここで、千波さんがバントをするより、ヒットを打った方が点数はたくさん入りますよ!」
「ふん、だから素人なのよ、タマ子は。ここで、ヒットが出るかもしれない未確定の希望より、確実にエイエスを得点圏の2塁に進めるバントの方が確実なの!」
「ええ~? でも、さっき、千波選手がテツ子さんの方を見てVサイン送ってましたよね! きっと、テツ子さんのために、ヒットを打つってことじゃないですかぁ~?」
珠子は少しニヤケタ顔で徹子をからかっていたが、徹子はまったく気にもせず真面目な顔でグラウンドから目を離さなかった。
“さあ、次のバッターは、千波です。ここは、ヒットの可能性もありますが、やっぱり送ってくるでしょうか?”
“そうやね~、ここは得点圏にランナーを進めるのが得策やと思うんやけど……”
“ただ、千波は一向にバントの構えはしませんね~”
「(……打つぞ! 打つぞ! 俺は打つぞ! 絶対に、……いいとこ見せるぞ! ……)」
千波は、ブツブツと独り言を言いながらバッターボックスに入った。
“ピッチャー、第1球、投げましたーー”
―― カン! ヒュウウウウーーーー! ――
“入った! 入ったー! ホームランです! 今、エイエス選手がホームイン。これで、1点。続いて、ゆっくり千波選手が、今、ホームベースを踏みました。これで、ファイアース2点になりました。2回裏、ノーアウトで、2対0。ファイアースのリードです”
“いや~まさか、ホームラン打つとは思わんかったな~……。それにしても、いい振りだったな~。大振りするわけでもなく、コンパクトにボールに当てよったな。バットが、最短軌道で回ったように見えたで”
“見事なホームランでした。千波選手、今、ベンチに戻ってチームのみんなから祝福を受けています”
「テツ子さん! やりましたよ! 俺、テツ子さんに言われた通り、ホームラン打ちましたよ!」
ベンチのみんなにハイタッチをした後、千波は最後に徹子の前に来て頭を下げながらホームランの報告を笑顔でしていた。
徹子の横にいたタマ子が、目を丸くしてただ黙って見ている徹子の背中を突きながら、小さな声で、「テツ子さん! 手! 手を出して!」と、ささやいた。
「あ、ああ、……」
徹子は、そう言うと右手をスッと伸ばして、千波の頭を3回撫でた。まるで、子供をあやすお母さんのようだった。ところが、当の千波は涙を流して喜び、そのままベンチの端まで飛び跳ねていった。
「えっと……テツ子さん? ハイタッチをした方が……」
「え? え? 手って、ハイタッチだったの? てっきり……」
どうも、徹子は頭を下げている千波を見て、目の前の頭に手を伸ばしてしまったらしい。
ところが、ベンチの中の他の選手たちは、なぜか拳を握り締めて「……おれも、ぼくも……」と、気合を入れているのだった。
それを見ていた新城監督の目尻が、また一段と下がっていたのは、言うまでもなかった。
(つづく)




