106 第6章第6話 初めて燃える勝負の種火
―― グワッシャーーー! ヒュウウウウー ――
“飛んだ~、これは、大きいぞ~……おっと! センター六十畑は、もうフェンスギリギリのところに立っていた! ボールがゆっくり落ちて来る……ここで、六十畑は、一度フェンスから離れて、もう一度フェンスに向かって走り……ジャンプした! フェンスを蹴って跳び上がって、手を伸ばして……ボールをキャッチした!!”
『―― アウトー! ――』
“それにしても、見事にバットは粉々になってしもうたの~”
「ふ~、危なかったな~……」
「あら? ちーっと力抜きすぎたとかな? あんまり力入れたら球場ん屋根ば、ぶち抜いてしまいそうで、加減したとばってん……」
「(な、なんだって? 力を抜いて、あれか……)」
バッターの南口は、さっぱりした顔で、グリップだけ残ったバットを持ってベンチに帰った。
これで、初回、3人のアウトで攻守交替になる。
「おい、今の球、よく捕ったな……」
「そりゃ、多澤さんのお陰ですよ! あのサインがなけりゃ、絶対に追いつけませんでしたよ」
ベンチに戻った六十畑は、嬉しそうに答えた。
「確かにな、まさかお前が、フェンスを蹴って跳び上がるほど飛ぶなんて思わないよな」
ライトを守っていた千波も、まるでまぐれで飛んできたボールのように話をしていた。そして、半分冗談で「タマ子ちゃん、相手が女子だから力を抜いて投げたんじゃないの?」と、冷やかした。
すると、いつもは、何でも笑い飛ばしてしまう珠子だったが、妙に真面目な顔で言い訳を始めた。
「あ、あの~、あのボールは、最後の1球は…………タネで……投げたんです」
「え? タネ? な~にさ、タマ子ちゃん? 投げたのは種じゃなくて、ボールだよ?」
珠子の投げるボールのサインを知らない千波は、何を言ってるかまったく分からなかった。でも、横で聞いていた多澤は、真面目な顔で聞き返してきた。
「タネって……あの硬い種のことか?」
「はい……ごめんなさい。多澤さんは、『甘栗』っていうサインだったんですが、はるかちゃんを見て、思わず力が入ったんです。だから、『甘栗』じゃなくて、『梅干しの種』で投げちゃいました……」
「え? どういうこと? タマ子ちゃんって、ボールを投げたんじゃないの? え? でも、ボール以外投げたら反則なんじゃないの? え? え?」
「あ~もう、千波はうるさいわよ! あなたは、黙って、ホームランでも打って来ればいいの!」
話に割って入り頓珍漢なことを言う千波を、徹子は後ろに引っ張りながら珠子から引き離した。
ただ、徹子にそう言われた千波は、なぜか嬉しそうに頷いて、笑顔でバットの素振りを始めたのだった。どうも、千波は、徹子に『ホームランを打ってください』とお願いされたのだと、勝手に解釈したらしかった。
「それで、タマ子、あなたの渾身の『梅干しの種』で投げた感触はどうだったの?」
「それが、テツ子さん。……確かにバットは、粉々に破壊されたんですよ! でも、粉々のバットの破片と一緒にボールも運ばれちゃったんです」
珠子も自分の投げたボールをあそこまで運ばれたのは、初めてだった。
「確かに、私も見たわ。いつもだったら、折れたバットの先っちょはそのまま飛んでいくけど、今回は塊になっている部分はなかったのよね。だから、ほら見て! ……今、グラウンドキーパーさんたちが、大急ぎで内野じゅうを箒で掃いてるの」
「バットの破片を回収してるって訳だな……。ま、その分、時間が稼げる……でもな、彼女は、まだ本気じゃないって言ってたぞ」
「え? あれで、本気じゃないの?」
珠子は、ゆっくり相手のベンチの方を見た。そこには、チームメートに祝福されて笑顔で話をしている南口はるかがいた。
珠子もそれを見て笑顔を作ってはいたが、右手を強く握り締めていたのだった。
(つづく)




