104 第6章第4話 ねじ伏せる力
「―― タイム ――」
“お、ここでキャッチャーの多澤が、タイムをかけてマウンドに向かいました”
“これは、多澤がフォーグスの作戦に気付いたんやな!”
“え? 作戦というのは?”
“そんなの決まっとるやないか。北白川の今までの投球を見たら、球数が圧倒的に少ないんや。だから、今日は、できるだけ球数を投げさせてほころびを見つけようという作戦や”
“ほころびって何ですか?”
“まあ、女子の選手やからな、球数を多く投げると体力的にバテるんやないかとか、疲れたらコントロールが定まらんようになるんやないかとかな。……あ、これは、セクハラちゃいますよ。根本的に標準な体力では……ということやからな”
「こら! タマ子ちゃん、何をそんなに浮かれているんだい? みんな心配してるぞ」
マウンドのところまで来た多澤に、そんなことを言われた珠子は、改めて周りを見回した。心配そうにこっちをじっと見ている守備のみんなや、ベンチでポカンとしている監督やみんなに気がついた。特に、びっくりしたのは、今にも飛び出してきそうになっている徹子を見た時だった。
「あ、え、その~違う違う……これは、えっと……うちの投げたボールが、初めてファールになったので、つい嬉しくて……」
珠子は、そんな言い訳を多澤にしながらも、周りに両手を振って「大丈夫!」と、アピールを繰り返した。特に、徹子には、両手を合わせて、『浮かれてごめんね』のサインを送った。
それを見た徹子が元のように深くベンチに座り直した。
「ほっ……!」
「まあ、打たれてわけが分からんようになったかと思って焦ったけど、大丈夫だな」
「はい、大丈夫です。多澤さん。……テツ子さんも、怒るのを止めたみたいだし……」
「え? テツ子が、なに?」
「あ、いえ、こっちのことです」
「ところでな、今日のフォーグスは、タマ子ちゃんにいっぱい球数を投げさせる作戦だと思うから、2ストライクまでは気楽に行こう。あまり力を無駄使いしないように、『たまご』でいくぞ」
「はい、『たまご』なら、休んでるのと同じですからね!」
「2ストライクの後は、一発でバットをへし折ってやろう。フライを打たせていると、敵もファールを狙ってくるからな」
「はい! どんなに小細工してもバットが折れちゃ、ダメですからね。ふふふ」
珠子と多澤は、出来るだけ球数を投げない方法を話し合って決めた。
“さあ、試合再開です。ノーアウトで、2ストライクですが、投球数は3球です。北白山としては、一人のバッターに3球も投げたのが初めてのことです。さあ、4球目……”
珠子は、ノーワインドアップモーションから、4球目を投げた。
―― ガッ、バキッ! ――
―― コロ、コロ、コロ…… ――
“ボールは、ピッチャー北白山の前に転がった。ゆっくり捕球して、1塁へ……”
『―― アウト ――』
“1番打者、見藤はアウトになりました。それにしても今のボール、すごかったですね。バットをへし折ってしまいましたよ”
“見藤は、ファールを狙ったはずや。あのバットの振り方は、間違いない。でもな……バットが負けたんや。どこを狙おうと、有無を言わせずバットをへし折ったのは、北白山の投球やったんや”
「(ふう~上手くいったわ! 多澤さんったら、初めて『甘栗』のサイン出すんだもんね。甘栗って小さいけど、茹でる前にあれを指で潰すのは結構力がいるのよね。スイカを潰すより大変だから……)」
「(やれやれ、今のは凄い力が籠ってたな~……なんか、ボールが歪んでいたように見えたけど、まさかな……気のせい、気のせい)」
(つづく)




