101 第6章第1話 風向きが変わりそう
「いや~タマちゃん、すまんね。こんなところに来てもらって」
「あ、いえ、新城監督? 何かあったんですか?」
「まあ、何って……ま、明日の先発を知らせようと思ってね」
「そんなのいつものように、球団の配信メールでいいんじゃね? 俺やテツ子まで呼ばれたってことは、他に何かあるんでしょ?」
今日は5月1日(金)。ゴールデンウィーク真っ只中、明日からの九州おくらフォーグスとの3連戦を控えて、珠子、徹子、多澤の3人は、新城監督に球団事務所に呼び出されたのだった。
「まったく、多澤、お前には敵わんな……。監督、もったいぶらずに早く報せた方が、多澤もいい案を出してくれるかもしれませんよ」
球団の本拠地、旭川にあるキタシロファーム球場には、球団関係の仕事をするためのオフィスブロックがあった。ショッピングモールなどが立ち並ぶ球場内の一角には、最上階にあるオフィスブロックへ上るためにエレベーターがあった。
エレベーターの扉が開いてオフィスブロックへ入ると、そこはもう野球場に面していることが全く感じられない、いたって普通の会社のようだった。背広を着た多くの社員たちが忙しそうに動いていた。
そのオフィスの端に、簡単な衝立だけで囲まれた応接セットがあった。そこには、もう1人、ヘッドコーチの森元哲也もいたのだ。
「まあ、そう焦らなくてもいいよ、哲ちゃん。ようやく今年も一ケ月が過ぎたんだ。僕たちでちょっと反省会も兼ねて振り返ってみようよ」
「確かに、今年はめまぐるしかったですからね」
「そうだろ? 哲ちゃん。タマちゃんのおかげで、張り切ってる選手も多いんだ。その証拠に今年はホームラン数が多いしね」
「そうですな……現在、うちのチーム本塁打が26本ですが、第2位のチームでさえ19本、他は、10本にも満たないですもんね。ま、俺もなんか知らんけど、1本ホームランを打ってしまったけどな……あはははは」
「あの時の多澤さん、カッコよかったわ! あたし、思わずベンチから飛び出しちゃったもん!」
「まあね、タマ子ったら、そうやってすぐに活躍した選手に惜しみない拍手を浴びせるから、みんなその気になっちゃうのよね」
自分の出番でないときでもベンチで応援する珠子の様子には、徹子だって嬉しそうだった。本当は、徹子だってベンチで小躍りしたいときはたくさんあったのだが、年齢のこともありグッとこらえていたようだった。
「そう、そう、そんなタマちゃんのおかげで、現時点で首位を走ることができているんだよね。あ、ついでに哲ちゃん、他のチームの順位も確認しておこうか」
「はい、5月1日時点でのパ・リーグのチーム順位です……」
◆◆◆◆森元ヘッドコーチの説明◆◆◆
1位 北海道ミルクファイアース 20勝 9敗 .689
2位 九州おくらフォーグス 18勝11敗 .620
3位 東北ずんだイークルス 15勝15敗 .500
4位 関東ピーナツマルーンス 13勝17敗 .433
5位 関西おこのみベッファロース12勝18敗 .400
6位 四国みかんオンライズ 11勝19敗 .366
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あたしは、最初フォーグスに投げて、それから……あ、そうそうマルーンスにも投げたわ。でも、マルーンスのときは、全部で27球しか投げられなかったのよね。ちょっと、物足りなかったわ!」
「そういえば、あの時は、全員1球で仕留めたんだったよね」
「監督! あのときも酷かったですな~2回にヒットを打たせて多澤が盗塁を刺して、4回にもヒットは打たせるけどダブルプレーですもんね。まったく、多澤親分も『目立ちたくないから』と言いつつ結構目立ってたぞ」
「うるさいよ、森元さん。……でもな、もうそんなことしなくてもいいかもな……」
「そうですね、他の球団もタマちゃんに気がつきましたよ。きっと、今度はなんらかの手を打ってくると思うんです。…………だから、テッちゃん、もうそろそろ、あの投球方法はマスターしたんですよね?」
「それが監督……。今度ばかりは、そう簡単にはいかないんですよ。だいぶ、スナップは利いてきたんですけど、今度はコントロールが……」
「そうなんですよ! 新城監督。手首をクイッとこうやると……あ~ら不思議、ボールが思いもよらない方向に飛んで行くんです。けっこう、ボールは速いのに、残念ですね~」
「もう、タマ子ったら、あんたがそんなふうに言ってどうするの! もっと、真面目にやりなさい! 練習投球数を増やすわよ!」
「へえええ~」
「まあまあ、テツ子……。それでも、最近は、俺が受けられる範囲にはボールが来るようになったんだ。きっと何かコツを掴めれば、もっとよくなると思うんだけど、なかなかね~」
どうも、珠子のスナップを利かせて投げるという練習は上手くいっていないようだ。徹子も多澤も、眉間に寄った皺が元に戻らないのだ。
ところが、珠子はというと、手首を捻ったり、曲げたりしながら、楽しそうに自分の手を見ていた。
すると新城監督は、いつもの笑顔で、「まあ、焦らずにがんばって」と、言っただけだった。
「監督。……もう一つ、大事なことが……」
横に座っていた森元ヘッドコーチは、笑顔の監督に、なにやら報告の催促をしたのだった。
「うん、そうだね。……タマちゃん、テッちゃん、そして親分……これは、ある筋からもたらされた確かな情報なんだけど……どうも、タマちゃんに対抗する選手が出てくるみたいなんだ」
珠子にとって危機的状況にもなりかねないことなのに、新城監督はやっぱりいつも通り笑顔での話となっていたのだった。
「え? それは、誰なんですか?」
「どのチームにいるんだい?」
「えっと、あたし、友だちになれるかな?」
最初に食いついたのは徹子だった。多澤は、頭を掻きながら面倒くさそうにスマホを操作し、今年のベースボールラボを閲覧しだした。
ただ、珠子はなぜか嬉しそうにしていたのだった。
(つづく)




