#09.
「ねえ、パメラ。大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
ベインがさっきと似たような、けれどさっきとは全く違うニュアンスで心配そうに声をかけてくると、パメラは顔をこれでもかと歪めて首を横に振った。
あぁ、首を振ったらさらに痛むし、吐き気までしてきたわ。
思った以上に打撃が大きかったのか、足よりも頭の方が痛い。額を破るように押さえたパメラがしばらく何も言えずにいると、ベインは困ったような顔で正座したままパメラを見つめていた。
おかげである程度痛みが引いたパメラは、ゆっくりと口を開いた。
「ベイン。この状況でこのセリフを言うのはかなりシャクなんですけれど、とにかく言うべきことは言わなきゃいけないから言いますね。森でのことは、必要以上に気にしないでください」
「でも……」
「みっともなく言葉尻を捕らえないで。誰も死んでいません。むしろ貴方が周囲の蔓型の魔物をすべて片付けてくれたおかげで、楽に逃げることができましたから」
痛む額をさすりながらパメラが顔を上げると、モップをひっくり返したような彼の灰色の髪の隙間から、宝石のようにきらめく瞳が見えた。パメラは口元を吊り上げて微笑んだ。
「手当ても感謝します。怠惰な穀潰しおっさんの割にはよくやりましたよ。護衛として、まあ悪くないレベルです」
「まあ悪くないレベル、か」
「当然でしょう。本当に凄かったら怪我をする前に片付けていたはずですから。護衛としては……そうね、Dランクといったところかしら?」
パメラが冒険者のランクを例に挙げると、ベインはぷっと吹き出して笑った。
「俺もまだまだだね、パメラ。次は失敗しないよ。必ずお前の傍に張り付いて守ってあげるから」
「何を寝言を言っているのですか? 次なんてありませんから、まともな職に就いて私の家から出て行ってください」
「パメラこそ何を言っているんだ。お前の傍こそが俺の居場所だろ? 護衛として傍にいてもいいって言ってくれたし」
「一体私の言葉をどう解釈したらそんな結論になるわけですか? 想像しただけで気味が悪いので、居座る気満々でいないでください」
心底嫌そうにパメラは顔をしかめたが、ベインは口元を吊り上げて微笑むだけで、その脅し文句に対して生返事すら返さなかった。
こういうことこそ、なぁなぁにして済ませてはならない。パメラがベインから確答を得ようと口を開いたのと同時に、ベインは彼女を軽々と抱き上げた。
「きゃっ?! ベイン、何をするのですか?!」
「たくさん苦労しただろ。今日はもう休もう」
「私たちがなぜ森に行ったか忘れたのですか? 足りない商品を作っておかなきゃ……」
「明日、朝一でやればいいじゃない。俺が起こしてあげるから、今日はもう寝て」
「私より早く起きたことなんて一度もないくせに、何を言っているのですか?」
「明日はできるよ。さあ、早く行って寝よう。ベッドまで連れていってあげるから」
一人で行けるというパメラの言葉を右から左へと聞き流したベインは、パメラに小言を言われながらも、頑なに彼女をベッドへと運んだ。
もちろん、無能な上に言うことも聞かない穀潰しおっさんだ、とパメラの中でのベインに対する評価がさらに地に落ちた事実に、ベインはまだ気づいていなかった。
***
薄闇が立ち込め始めた時間。王都リアルンに位置する王城では、その薄闇と同じくらいに重苦しい空気が、広い会議室の内部を満たしていた。広いテーブルの中央、上座に座ったカマリードの国王は、青ざめた表情を浮かべながら会議に出席した大臣たちを見渡した。
「勇者の行方は……未だに知れぬのか?」
「恐れ入ります、陛下。必死に捜索しておりますが、未だに……」
「勇者が姿を消してからどれほど経つと思っている、未だに見つけられぬとは何事か!!!」
大理石で作られたテーブルを荒々しく叩きつけ、国王が怒号を飛ばすと、騎士団長であるコーンウェルは両目を固く閉じた。
「陛下。すべては私の不徳の致すところです。勇者殿をもう少し注意深く見守っておくべきでしたのに……」
「言い訳を聞きたいのではない、コーンウェル!!!」
今重要なのは言い訳ではない。罪のない家臣たちに八つ当たりすることでもない。誰もが分かっている事実だった。しかし、勇者が遺書を残して失踪してから半年。
魔物に対する抑止力であった勇者が消えたと同時に、魔物たちは再び王国へと頭をもたげてきており、救いの手を味わった民たちは誰も彼もが勇者ばかりを頼りにし、何一つ手を打とうとしなかった。
勇者の失踪を知っているのは、会議室の内部にいる少数の人間だけ。
(クソッ。ベイムネク、どこにいるんだ)
見つけられると考えていた。勇者とは正義の塊のような存在だからだ。
国家が危機に瀕すれば、またしても忽然と現れて誰もを救ってくれるだろうと信じ込んでいた。国王や王太子すらも、安易に考えていたのだ。
むしろ再び現れた暁には、二度と勝手に逃げ出せないよう、足枷まで嵌めてやるつもりだった。
勇者がなぜ遺書を残して去ったのか知っているのにもかかわらず、ここ三年間、勇者をどれほど過酷に『消費』してきたか分かっているのにもかかわらず。それによって勇者パーティーの全員が死に絶えてしまったのにもかかわらず。
誰一人として彼を理解せず、慰めず、気にかけもしなかった。
勇者といえども、所詮は家柄のない平民。貴族の言葉に従い、彼らの命じるままに何でもしなければならない身分のはずだ。
「……灰色の髪を持つ男の手配書を回せ。灰色の髪をしていれば誰であろうと構わん、捕らえ次第、極刑に処すと布告せよ」
勇者ならば、己のせいで犠牲になる哀れな平民を黙って見てはいられまい。国王の口から歪んだ笑みが漏れ出ると、大臣たちは誰も彼もが妙案だと同調した。
「ちょうど良いでしょう。小賢しくも首をもたげる平民どもへの抑止力にもなります」
「確かに、最近は浅ましい断罪物が流行しており、平民どもの気勢が凄まじいですからな。ここいらで一度、奴らを躾け直すのも良いでしょう」
「ただちに布告を出させます」
歪んだ笑みに満ちた会議場の向こうで、薄闇はさらに色濃くなっていった。その闇の向こうに、爛々と輝く眼光があることに、会議室の内部にいる者たちは誰一人として気づいていなかった。




