#07.
戦闘においては近所の野良犬よりも役に立たないベインだが、森を駆け抜ける能力だけはズバ抜けている。
彼の案内に従って足早に森を脱出していたパメラだったが、次第に体が重くなるのを感じ、荒い息を吐き出した。
毅然としていようと思っても、上手くいかない。冷や汗を流しながら必死に彼の後を追っていたパメラは、ついにその場に立ち止まり、ベインに声をかけた。
「ベイン。ごめんなさい、少しだけ休んでもいいですか?」
「もう少しだけ進もう。あの魔物は執念深いうえに自己再生能力があるから、早く撒かないとしつこく追ってくるよ」
「それなら、なおさら少しだけ時間をください。とてもじゃないけれど、このままじゃ歩けないので」
「え?」
パメラの返答に、ベインはハッとした表情を浮かべてパメラを見つめた。そういえばさっき、パメラは蔓型の魔物に足を絡め取られ、そのまま激しく転倒したのではなかったか。
真っ青にそまりゆくパメラの顔を通り過ぎ、肩へと向かった彼の視線は、やがてパメラの足元へと下りていった。
彼がまさにパメラの足首を見ようとしたその時、彼女は背負っていたカバンを足元に下ろしつつ言った。
「五分でいいんです。すぐに手当てをしますから、貴方は後ろを向いて……きゃっ?!」
目にも留まらぬ速さでパメラの目の前まで迫ったベインが、無言でパメラを軽々と抱き上げた。驚いたパメラは、思わず彼の首にしがみつきながら叫んだ。
「ベイン?! 一体何を……」
「怪我をしたなら、そうと言えよ!!!」
「ベイン?」
耳がキーンとするほどの怒号に、パメラは呆然とした顔で彼の名を呼んだ。普段ならすぐに謝罪の言葉が飛び出すところだが、ベインは怒りを噛み殺すように唇を噛み締めるばかりだった。
むさくるしい髪の隙間から、赤みの混じった琥珀色の瞳がパメラを注視しているかと思いきや、パメラの顔を自分の肩口へと埋めさせながら言葉を続けた。
「……目は開けるな。口も開かずに、このままじっとしていろ」
「……?」
理解しがたい要求に眉をひそめたパメラが問い返すよりも前に、全身を奇妙な浮遊感が襲った。
反射的に声を上げそうになったパメラだったが、先ほどベインが言った言葉を思い出し、目を閉じて首にしがみつく腕に力を込めた。
彼にしがみついたまま、奇妙な浮遊感を感じてからどれほど経っただろうか。どんなに長く見積もっても、五分以上はかからなかったはずだ。
歩いている時はまだマシだったが、立ち止まると足の痛みがさらに激しさを増してきた。
(あぁ……本当に。いっそ歩かせてよ)
続く鋭い痛みに、思わずうめき声でも漏らしてしまったのだろうか。パメラの肩を抱きすくめていたベインが、ぎこちなく背中をさすった。
「ごめん、パメラ。すごく痛いよね。もう着いたから、目を開けていいよ」
痛むのは足なのに、なぜ背中をさするのか意味が分からない。まさか、痛いの痛いの飛んでいけ、とでも宥めてくれているのだろうか。
理解しがたい行動にパメラが目を細めると、いつから彼女を見つめていたのか分からないベインの瞳が、じっと彼女を捉えていた。
「着いたって、一体どこに……」
彼の不可解な言葉に顔を上げたパメラは、自分とベインが村の中央にある薬師夫妻の家の前に立っていることに気づき、呆然とした表情を浮かべた。
「どう、やって……?」
「すごく痛そうだったから、少し急いだんだ。メリサなら足の手当てができるだろ? すぐに入ろう……」
「ちょっと、ちょっと待って。」
聞きたいことは山ほどあったが、まずは急ぎの用件から一つずつ片付けよう。素早く頭の中を整理しながら、パメラは言葉を続けた。
「このくらいなら自分で治療できるので、家に帰りましょう。」
「何を言っているんだ。お前は怪我をしているじゃないか」
「だから大丈夫だと言っているのです。ただでさえ貴方のことで迷惑をかけているのに、こんな夜遅くにまで迷惑をかけたくありません。そもそも、リンク夫妻は医者ではないでしょう?」
「……」
パメラの返答に、ベインは気に入らないとばかりに眉をひそめたが、パメラが意地を張るため、渋々パメラの家へと足を向けた。
体格が大きい分、歩幅も尋常ではなく広いため、ほんの数歩しか歩いていない気がするのにもうパメラの家の前に到着していた。
慣れた手つきで居住スペースへと繋がる裏扉を開けて中に入ったベインは、普段自分が寝転がっているソファへと、慎重にパメラを座らせた。ベインが彼女の足元へと視線を落とすと、パメラは素早く彼の手でその目を覆った。
「貴方、血を見るとポンコツになるじゃないですか。ここまで運んでくれてありがとうございました。もういいですから、行って休んでください」
パメラが空いている手で彼の肩を優しく押したが、ベインはピクリとも動かなかった。ベインは退く代わりに、自分の目を覆っているパメラの手をぎゅっと握りしめた。冷たく冷え切った手が、小刻みに震えているのが伝わってきた。
「大丈夫だから、手当てを手伝わせてくれ」
「ベイン」
「大丈夫だ。今手伝わなければ、俺は一生後悔する。だから、手伝わせてほしい」
(何をこんなくだらないことで一生後悔だなんて)
今日に限って、このおっさんはなぜこうも面倒なことばかり選んでするのだろうか。本音を言えば、毅然と断って部屋へ上がれと言い放ちたい。しかし、パメラの手がまるで命綱であるかのようにブルブルと震える彼の両手を握り合わせていると、無駄に心が揺らいでしまう。
(はぁ……)
深い一いため息が、自然と漏れ出た。パメラは仕方が無いという顔で、首を横に振った。
「分かりました。でも、さっきみたいにポンコツになったら……分かっていますね?」
「うん。何発でも殴られてあげるよ。いっそ外に捨ててくれても構わないから」
(おや? 外に捨ててもいいですって?)
これは願ってもない申し出だ。これほどの覚悟があるのなら、受け入れてやるのが人情というもの。
パメラが彼女を掴んでいたベインの手を優しく引き剥がすと、閉じられていた彼の瞼がパチパチと震えながら開かれた。




