#06.
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ベインが慎重に群生地を抜け出すのを見届けたパメラは、ため息をひとつつくと、彼からそう遠くない場所に腰を下ろし、手際よく素材を採取し始めた。
(薬草が三種。次はキノコが二種。ハーブは……一種だけで足りるかしら。それから……)
幸いにも必要な素材はすべて群生地の近くに揃っていたため、動線は短かった。
まずは薬草を摘み、次にハーブ、最後にキノコ。量は一週間分さえあればいいので、それほど多くは必要ない。
曇ってはいるものの明るかった空が、徐々に暗くなり始めた頃。熱心に薬草の採取を終えたパメラが、ハーブの密集地へと移動しようとした、その時だった。
「パメラ!!!」
気配を消したかのように静かにしていたベインが、ひっくり返るような大声で自分を呼んだため、驚いたパメラは反射的に彼を振り返った。
確かに群生地の端にいたはずなのに、いつの間にかベインは目の前まで迫っていた。
掴んでくれと言わんばかりに伸ばされた彼の手に、パメラも反射的に手を伸ばした。
「……きゃっ?!」
しかし、彼女の手はベインに届くことなく空を切った。いつの間にか自分の足に巻き付いた蔓が、凄まじい速度でパメラをどこかへと引きずっていったからだ。
地面に激しく打ちつけられた顔が痛んだが、痛がっている余裕はなかった。
一歩遅れてベインに向けられていたパメラの視線が、背後へと向かう。
けれど、彼女の背後にはいつも通りの平凡な群生地が広がっているだけだった。
(一体、この蔓はどこから……)
足首を見下ろしたパメラは、地中から這い出てきた蔓を確認して眉をひそめた。
一般的な植物の蔓とは異なり、黒ずんだ赤色を帯びた蔓は動物の体の一部のように見えて、酷く不気味だった。
目を細めて周囲を見渡すと、群生地の地面がすべて黒赤色の蔓に覆い尽くされていた。
率直に言って、極めておぞましい光景だった。
(ベインは……いや、まずは自分が生き残らなきゃ)
パメラは蔓に引きずられながらも、冷静に腰元から短剣を抜き放った。
そして、自分の足に傷がつかないよう細心の注意を払いながら、蔓を切り裂いた。
見るからに頑丈そうな蔓は、実際に刃を入れてみても非常に硬く、容易には切れなかったが、パメラはもう温室育ちの貴族令嬢ではない。植物型の魔物を切り伏せるくらい。
(造作もないわ!)
短剣を握る手に力を込め、一気に一閃すると、蔓は叩き切られて四方に黒赤色の液体が飛び散った。
どうやらこの蔓は、本当に動物の体の一部のようだ。生臭い血の匂いが、白い花の咲く野原にどす黒い染みを広げていく。
急いでその場に立ち上がったパメラは、低級魔物を麻痺させるポーションを取り出して地面に叩きつけると、首を巡らせてベインの方を見た。
ほんのわずかな間にかなりの距離を引きずられたようで、ベインとの間は大きく開いてしまっていた。そして。
「うわぁ、大惨事ね」
パメラを見失った間にベインも蔓の猛攻を受けたのか、あたり一面が血の海と化していた。特に、力加減を間違えたのか何なのか。
ベインの周囲は草一株すら残っていないほど焦土と化していたため、蔓の残骸があちこちに散らばっているのが嫌でも目に入った。
つまり、現在のベインは血の海のど真ん中にぽつんと立ち尽くしている状態ということだ。
(どうしたもんかしら?)
うつむいたままピクリとも動かないベインの姿が、酷く気がかりだった。
立ったまま気絶しているのだろうか。それともまだ意識はあるのか。
ベインは自分が気絶したら置いていけと言っていたが、植物型の魔物がうごめく場所に放置するなど論外だった。かといって、あの巨体を運べるわけもない。
(せめて群生地を抜けるまでだけでもいいから、正気でいてほしいのだけれど……)
麻痺ポーションを投げつけたため当面は一安心だが、低級ポーションの例に漏れず、効果は長くは続かない。
パメラは急いでベインのもとへと駆け寄った。
「ベイン、私の声が聞こえますか? しっかりしてください!」
「……」
パメラの呼びかけにも、ベインからは何の返答もなかった。パメラが乱暴に彼の髪をかき上げて顔を覗き込むと、見開かれた瞳が小刻みに震えていた。呼吸も荒い。
「ベイン、よく聞いて。これは血じゃなくて、植物から流れ出た汁よ。だから落ち着いて、深呼吸して」
「……」
「ベイン、聞こえているなら返事をして。ベイン!」
「……」
(あぁ、もう、このクソおっさん! だから来るなって言ったのに!!)
何とか対処しようとしたが、不運なことにベインの耳にはパメラの声が届いていないようだった。
「あぁ、本当に。この役立たずの穀潰しおっさん」
こんなことになるなら、ついて来なければよかったのに。
ここに来てやったことと言えば、罪のない薬草畑の破壊と、立ったままの気絶だけじゃない。やはり連れてくるべきではなかった。
今更後悔したところで始まらないが、深い悔恨が込み上げてくるのを抑えられなかった。
唇を噛み締めたパメラは、深くため息をつくと、手を振り上げた。
「ベイン。貴方が悪いのよ、恨まないでね」
言い放つと同時に、パメラはベインの頬をひっぱたいた。肌と肌が激しくぶつかり合う音が、静まり返った群生地にけたたましく響き渡る。
パメラは手を緩めることなく、ベインの顔を叩き続けた。
正気を失った人間に自分を取り戻させる方法は、大きく分けて二つある。
一つは、病院に行って治療を受けさせること。
もう一つは、目を覚ますまで殴ること。
パメラは医者ではないため、迅速かつ確実な後者を選択した。
一発、二発、三発。
暗闇の中でもはっきりと分かるほど、頬が真っ赤に腫れ上がっていく。これでも目を覚まさないか。
「なら、次の段階に移るしかないわね」
腹をくくったパメラは、手のひらをすぼめて固く拳を握り込んだ。
彼女がまさに彼の みぞおち へとフルスイングを叩き込もうとした、その瞬間。
「待って、痛いよ、パメラ」
「チッ……お目覚めですか」
「……なんでそんなに残念そうな声なんだい?」
「何を言っているのですか。まだ頭がぼんやりしているのですか? いいから、早くここを抜け出しますよ」




