#05.
掴まれた腕に、痛いほどの力が込められていた。いや、普段は採集に行くと言えば、気をつけて行ってきなよとソファで転がっているくせに、急にどうしたというのだ。
「一人で行かせられないなら、どうするつもりですか」
「俺も一緒に行く」
「……ベイン。そうやって押し問答をしている間にも時間は過ぎているのです。日が暮れる前に森を出なければならないのですよ」
ベインの我儘に、徐々に苛立ちが募り始めた。パメラの声が鋭さを増したにもかかわらず、ベインは一歩も引かなかった。
「パメラ。お前の言う通り、あと一、二時間もすれば日が暮れる。採集する素材がいくら森の外縁にあるとしても、暗くなる前に、お前が一人で家に帰り着くのは不可能だ」
「ベイン」
「パメラ」
不毛な議論を打ち切るため、パメラは力ずくで彼を振り払おうとした。いや、振り払おうとしたが、ベインが頑として離さなかった。それどころか、パメラを自分の方へと引き寄せたベインは、普段よりも低い声で言葉を続けた。
「お前がどれだけ振り払って行こうとしても、俺はお前に着いていく。お前のいないこの家には、俺にとって何の意味もないから」
「……脅迫ですか?」
「懇願だよ」
この様子を見るに、このまま置いて行ったところで、店番など放り出して追いかけてくるのは火を見るより明らかだった。パメラはベインをキッと睨みつけて言った。
「途中で行き倒れても、置いて帰りますからね」
「うん。むしろ手伝おうとして足手まといになる方が怖いから、俺のことは気にせず、必ずお前が森を出るんだ」
「帰ってきたら、怒りますから」
「いくらでも怒っていいよ。パメラの言うことなら、何だって構わない」
パメラが同行を認めたことを察したのか、ベインの声が目に見えて弾んだ。本当に、忌々しくて気味の悪いおっさんだ。あてつけのようにため息を吐き出したパメラが、掴まれたままの手を持ち上げると、ベインは慌てて手を離した。
「ベイン。アンタ、気味が悪いってよく言われませんか?」
「パメラに言われるのが初めてさ」
「嘘ばっかり。いいですから、店を閉める準備をしてください。私は採集用具を纏めてきます」
「分かった」
***
忌々しい穀潰しのおっさんを連れて店を出たパメラは、足早に歩みを進め、町からほど近い場所にある森へと向かった。
隣国へと続く広大で深いその森には、トラカストという名がついてはいたが、町の人々もパメラも、単に『森』とだけ呼んでいた。
この森には強力な魔物は出現しない。ただし、かつてダンジョンが存在していた名残なのか、難易度の割には質の良い素材が多く自生しており、近隣の住民にとっては格好の採集場でもあった。
幼い子供は来られないが、ある程度の体力がある大人なら、比較的自由に往来できる開けた森。
「パメラ。大丈夫かい? 少しゆっくり歩こうか」
「いいえ。ついていけます」
「もうすぐ着くよ。あと少しだ」
「分かっています」
町を出てから約一時間。パメラは流れる汗を拭いながら、先頭を行くベインの背中を見つめていた。
パメラとベインが藪を掻き分けながら進んでいるこのルートは、回復薬と湿布の素材がある群生地までの最短距離である、獣道ですらない近道だった。
日が暮れる前に森を出るという一念から、パメラが先に提案した道だった。しかし、近道とは名ばかりで、草木が鬱蒼と生い茂り、木々が隙間なく立ち並ぶその場所は、並の人間であれば足を踏み入れることすら躊躇う空間だった。
当然、パメラも入ったことがなかった。それでも、この道が最も早いと確信していたからこそ、こちらへ行こうと言ったのだ。
この近道は人間が足を踏み入れた形跡がないため、足元は凸凹としており、かすめるだけで肌を切り裂きそうな鋭い枝が至る所に突き出ていた。
そんな危険極まりない場所であるにもかかわらず、ベインは平地を歩くかのように、迅速に前方を進んでいた。それだけではなかった。
ベインは彼女が歩きやすいように、邪魔な枝を鉈で払いながら先導してくれていたのだ。労働強度は相当なもののはずだが、彼は汗一つかいていないどころか、呼吸すら乱れていない様子だった。
(……というか、あのおっさん。なんであんなに体力があるのよ?)
ベインが頻繁に森を出入りしていることは、パメラも知ってはいた。時折、珍しいキノコや香りのいい蜂蜜などを家に持ち帰ってくることもあったからだ。
だが、森に慣れているという事実を差し引いても、彼の身体能力は異常なほどに高い。
(一体、何者だって言うのよ)
ベインに遅れをとるのだけはプライドが許さないという一念で、彼の後に従い足を動かし続けたパメラは、満身創痍の状態で素材の群生地へと辿り着くことができた。
「ふぅ……」
呼吸を整え、水を一口含む。パメラが流れる汗を手で拭っていると、彼がハンカチを差し出しながら言った。
「本当に着いてくるとは思わなかったな。パメラ、なかなかの身体能力だね」
「だから大丈夫だと言ったでしょう」
「それとこれとは別さ。さあ、遅くなる前に採集しよう。俺も手伝うよ」
「手伝うですって? 群生地を一つ丸ごと焦土に変えたアンタがですか?」
「……もう手伝えるよ。パメラが必要なのは、あの草だろ?」
パメラの不信感に満ちた表情を受け、ベインは長い足をひょこひょこと動かして群生地へと踏み入った。
彼が群生地に足を踏み入れた瞬間、五株の薬草が踏みにじられ、彼が小さな短剣を一振りした瞬間、半径十メートル以内の薬草が跡形もなく消え去り、辛うじて手の中に残った薬草さえも、無惨にすり潰されて哀れに緑色の汁をぽたぽたと滴らせていた。
「……」
「……」
可哀想な薬草の姿を前に、パメラとベインは互いを見つめ合った。視線が交錯すること数秒。パメラがにっこりと微笑んだ。晴れやかな笑顔だったが、額に浮かび上がった青筋がぞっとするほど鮮明だった。パメラは群生地の外縁を指差しながら、冷徹に告げた。
「絶対に、群生地の中に入ってこないでください。そして、一歩も動かないで。これ以上一株でも台無しにしたら、タダじゃおきませんからね」
「……うん」




