#04.
夏が来るには少し早い季節であるにもかかわらず、今日はとりわけ暑い日だった。午後にでも雨が降るつもりなのか、息苦しいほどに雲が立ち込めた空は、見上げているだけでも胸が詰まりそうだった。
不快感を覚えるほどの湿度のせいか、今日は一段と回復薬や湿布、そして除湿剤などの販売数が伸びていた。
売り上げが上がるのは非常に喜ばしいことだ。しかし、まさか余裕を持って備蓄しておいた在庫まで、すべて売り払ってしまうとは思わなかった。それも、商品の製造のために席を外していた、ほんの僅かな時間の間にだ。
「ベイン。倉庫に『備蓄在庫:販売禁止』と書いておいたはずですが。一体なぜ? どうして? 何の理由があって、数日分の販売分まで売ってしまったのですか?」
「それがさ……」
腕組みをしたパメラが、彼女の前で正座しているベインを見下ろしながら冷徹に問い詰めると、ベインはもじもじと言葉を濁した。
「天気が悪いせいか、今日に限って爺さんも婆さんもみんな湿布を求めるんだよ。パメラの回復薬や湿布は効き目がいいから、買い溜めしておきたいって言われたら、断りづらくて」
今、それを言い訳と言っているのですか?
パメラがにっこりと微笑みながらベインに近づくと、ベインはパメラが近づいた分だけ後ろへと下がった。
正座のままで、一体どうやって移動しているのか。本当に、どうでもいい部分においてだけ能力が突出している穀潰しだ。
「ベイン。私が作った商品は、過剰に使用すると効果が薄れるため、一人当たりの購入制限を設けていると、何度も説明したはずですが」
「俺も説明はしたんだよ。それでも欲しいって言われたら、どうしようもなくて」
パメラの額に青筋が浮かび上がった。それを見たベインは、パメラの顔色を窺いながら、即座に視線を床へと落とした。
「はぁ……」
「あの……パメラ。すまない」
「申し訳ないと思っているなら、申し訳ないことになる行動を慎みなさい」
「う、うん……すまない」
はぁ。本当に頭が痛い。一体この人はなぜ、ここまで役に立たないのか。役に立たないくせに、なぜここから出ていかないのか。
パメラが製造する商品は、すべて町の近くにある森から素材を採集している。田舎の森の例に漏れず、強力な魔物が出没するわけではない代わりに、近所の散歩感覚で気軽に踏み入っていい場所でもなかった。
そのため、二ヶ月に一度、冒険者出身の薬師であるリンク夫妻が森に入る際、パメラも同行させてもらって採集を行うのが常だった。リンク夫妻と採集に行く約束をしているのは、五日後。
眉をひそめたパメラは、窓の向こうの空を見上げた。空は濁っていたが、まだ夜が訪れるには時間的な猶予がある。
(一、二時間以内には雨が降り出しそうだけれど……)
この時期に降る雨は執拗で、どんなに早く止んでも、明日か明後日の夕方までは続くのが目に見えている。雨の日に最もよく売れる製品を、品切れのまま放置しておくわけにはいかない。売り上げはともかく、あの薬師夫妻の元に患者が殺到してしまうからだ。
ならば、選択肢は一つしかない。
深いため息を吐き出したパメラがベインに手を差し出すと、彼は待ってましたと言わんばかりにパメラの手を握り、立ち上がった。
「パメラ。許してくれるのかい?」
「覆水盆に返らず、でしょう。アンタに怒ったところで商品が湧いて出るわけでもありませんし」
「やっぱりパメラは優しいな。女神様だ。本当にありがとう」
パメラを抱きしめようとでもするかのように、ベインが両腕を広げた。その逞しい胸板に容赦なく拳を叩き込んだパメラは、悶絶するベインを睨みつけながら言葉を続けた。
「口先だけの賛辞は不要です。いいから、閉店時間まで店番をしっかりこなしていなさい」
「どこに行くんだい?」
「明日売る商品を作らなければならないでしょう。素材の採集に行ってきます」
「一人で?」
「じゃあ一人でなくて、リンク夫妻を巻き込めとでも? 幸い、売り切れた商品は比較的浅い森で採れるものですから……」
「駄目だ」
パメラの言葉を遮ったベインが、珍しく真剣な表情で彼女を見下ろした。その眼差しに驚いたのも束の間、彼が口にした拒絶の言葉に、パメラの眉が跳ね上がった。
「今、何と言いました?」
「最近、魔物たちの動きがどこかおかしい。だから森に行くなら、俺も一緒に行く」
ベインの返答に、パメラは無言で彼を上から下まで値踏みするように見つめた。
ベインは体格だけで言えば、町で片手の指に入るほどの巨漢であり、町の人々の噂では、かなりの腕前を持つ冒険者だったのではないかと推測されている。
確かに、同行してもらえば色々と役に立つかもしれないが……。
「いいですから店番をしていなさい」
「パメラ」
「アンタ、血を見るのが苦手なのでしょう?」
「……! それをどこで……」
「肉屋のおじさんが言っていましたよ。血がついたまま店に出たら、それを見たアンタが気絶したって」
「それは……」
むさ苦しい髪の隙間から、彼の瞳が激しく揺れ動いた。
「万が一、森の中で流血騒ぎが起き、そのせいでアンタが気絶でもしたら、私は絶対にアンタを担いで帰ってこられませんからね」
もちろん、そのまま森に置き去りにするという選択肢もあった。だが、人間としてやっていいことと悪いことがある。パメラは心配ないという風に、彼の肩をポンポンと叩いた。
「心配いりません。リンク夫妻と一緒に森に入るのは効率がいいから同行しているだけで、私一人で行けないわけではありませんから」
「……」
「さあ、お話は終わり。夕食の前には戻ってきますから、しっかり店を見ていてくださいね」
言い終えたパメラがベインの脇を通り過ぎようとしたが、ベインはパメラの腕を掴んで引き留めた。
「駄目だ。絶対に、お前を一人で行かせるわけにはいかない」
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