#23.
(勇者と持ち上げていた時はいつのことやら。結局、平民だと侮っていたというわけね)
無理もない。ベインを真に英雄だと思っていたのなら、このようなお粗末な扱いは出てこなかったはずだ。
国王の嘲りに対し、パメラは冷ややかな笑みを浮かべて答えた。
「ええ、私たち二人だけでも簒奪は可能ですわ。愚かな国王。ご自分がまだ威勢を張れる立場だとでも思っていらっしゃるの?」
パメラは本当に憐れだというように、深々とため息をついた。彼女の皮肉に国王の額に青筋が浮かんだが、パメラはフッと鼻で笑い、言葉を続けた。
「見てください。あなたが自慢していた王国の近衛騎士は、私の足元で這いつくばっているじゃありませんか? 騎士をもっと呼ぶおつもり? 私たち、賭けでもしましょうか?」
パメラが壇上の貴族たちへ一歩近づくと、ベインが彼女を護衛するように寄り添った。
「騎士たちがここへ来るのが早いか、貴方たちの首が飛ぶのが早いか。ベイン、あなたはどう思う?」
「首を刎ねて地面に埋めるまでやっても、まだ時間が余るだろうな」
「あらあら。ティータイムを楽しむ時間までありそうですね。我が国って、こんなに無能だったかしら?」
「パメラ・アレイルグ。この厚かましい……」
パメラが片手で頬を杖、首を傾げた。それに貴族の一人が怒りを堪えきれなかったのか、剣を抜いた。
いや、抜こうとしたが、彼の手が剣に触れるより先に切り落とされた。
「アアアアアッ!!!」
「あら。あらあら。一体どこまでおバカなのですか? まだ状況が把握できないのですか? ここにいるのは、魔王を討伐した勇者ですよ?」
一体どんな考えで、勇者を前にして剣を抜くのか。想像以上に愚かな貴族たちの姿に、パメラは困ったような笑みを浮かべた。
「支援要員を呼びすぎたかもしれませんね。困ったわ」
「……支援要員だと?」
「ええ、当然でしょう? 陛下もおっしゃったじゃありませんか。二人で王位を簒奪するなんて話になるのか、と」
「き、貴様……国を売り飛ばす気か!!」
「売り飛ばす、だなんて。口汚い方ですね。精神が正常でない方から譲り受けるだけのことなのに」
勇者だけでも手一杯なのに、支援要員まで来るというパメラの言葉に、国王の顔面が蒼白になった。今日という今日、顔色がコロコロと変わるのが滑稽だ。
クスクスと笑っていたパメラは、すぐにシュンと肩を落とした。
「そんなことより……皆様が私の予想以上に無能で愚かなので、恥ずかしくなってきました。お兄様……いや、グレイル卿になんと説明したものか」
「なんだと? グレイル!? パメラ。王位を継ぐ者がまさか……リハルト・グレイルなのか?」
『グレイル』という名前を聞くやいなや、ベインが目を丸くした。驚いたのはベインだけではなかった。カマリッドの貴族たちも、青を通り越して真っ白になった顔で震え始めた。
その姿に、パメラは悪戯が成功した子供のように笑って言った。
「ええ、そうです。皆様ご存知だったのですね? まぁ、知らないほうが不思議でしょう?」
「君、どうして彼を知っているんだ? あの男は……」
パメラの淡々とした答えに、ベインが顔を青ざめさせながら言ったが、彼の言葉は最後まで続くことはなかった。
「やれやれ、私たちが遅すぎたか?」
「君たちだけで楽しんじまったんじゃないだろうな?」
背後から聞こえてきた見知らぬ声にギクリとして、ベインはパメラを抱き寄せて剣を振るった。
殺意を込めた攻撃ではなかったが、鋭い一撃だった。
それにもかかわらず、ベインの攻撃はあまりにも容易く防がれた。
ベインの前に立った、ベインと同じほどの大柄な体格を持つ赤髪の男が、ベインの剣を払いのけながらニヤリと笑った。
「手癖の悪い護衛だな、パメラ」
「お兄様!」
赤髪の男がパメラの名を呼ぶと、パメラは待っていたかのように彼に駆け寄り、抱きついた。パメラの猪突猛進な抱擁に、男は笑いながら彼女を抱き返した。
『お兄様』と呼ぶのを見る限り、恋愛感情があるようには見えなかった。
しかし、飾らないパメラの笑顔を見ていると、男に対する恐怖よりも強い嫉妬心が先に込み上げてきた。
反射的にパメラを自分の胸元へ引き寄せ、ベインが彼女を強く抱きしめた。それにパメラが二つの目をパチクリとさせ、ベインを見上げた。
「ベイン? どうしたの?」
「あ、それは……」
「見ればわからんか? 嫉妬しているんだよ。私だって嫉妬するわ。リハルト、私にはそんな抱きしめ方をしてくれたことがないのに」
赤髪の男、リハルトの背後から黒髪の女、レアリアが微笑みながら歩いてきた。それを見てリハルトが彼女へ手を伸ばした。
「君はパメラのように飛び込んではこないだろう。一度やってみるか? あの男がしているように、強く抱きしめて離さないから」
「窮屈そうだから遠慮しておくわ。パメラ、あなたは大丈夫? 苦しそうに見えるけれど」
「まぁ、それなりに大丈夫ですよ。少し暑いですけれど」
自分でも子供っぽい行動だと思ったのか、ベインの顔が赤らんだ。しかし、気まずそうにするベインとは対照的に、リハルトも、レアリアも、そしてパメラさえも気にも留めていなかった。
「それはさておき、師匠。どうしてそんなに遅れたのですか。どれだけ待ったことか」
「遅れただと? お前から連絡が来てすぐに出発したわ。そもそも『破格の価格で国家を譲渡します。結婚祝いとして差し上げたいので、早く来てください』なんて言って師を呼びつけるのは、この世でお前くらいなものだ」
パメラの額を軽く小突いて、彼女の師が言った。それにパメラが笑って答えた。
「えー、師匠も。面白いだろうと思って慌てて来たくせに。一番美味しいところも残しておきましたから」
「パメラも本当に……それなら遅れてはいないんじゃないか。ちょうど良い時間に来たということだよ。そうだろう? リハルト」
「もちろんだ、君の言う通りだよ。レアリア」
リハルトがパメラ越しに立っている貴族たちを見て言うと、貴族たちは誰しも震え上がった。
当然のことだった。
リハルト・グレイルは、カマリッド王国とは比較にもならない大帝国オルデンの第3皇太子だったが、隣国との戦争中に堕落し、魔族と化した怪物ではなかったか。
戦争英雄でありながら帝国から追放され、魂まで狂うという『深い砂漠』に捨てられたまま、人々の記憶から忘れ去られていた存在が、どうしてカマリッドに存在するというのか。




