#22.
時はパメラとベインが王都に到着する数時間前のこと。王都を目前にして、ようやくパメラは自身の計画をベインに伝えた。
「おい、王位簒奪? パメラ。それ、どういう意味だ?」
「言葉通りですよ。あなたの話や正気を疑うような公文書、そして道中で見た村々の様子から察するに、現王家は『再生不能』という判定を下しました」
実際、約一ヶ月の旅路の間に、パメラは自身が追放される前とは比較にならないほど疲弊した国を目にしていた。
もちろん、時が経つにつれて国が混乱していることは知っていた。
だが、自給自足が日常である辺境の村では、その窮状が肌身に染みることはなかったのだ。
***
(勇者が失踪した半年を起点に、没落が加速したのよ)
パメラはあえて自分の推測を口には出さず、言葉を続けた。
「このままでは国そのものが滅んでしまうでしょう。それは構わないのだけれど、受けなくていい苦しみを受ける必要はないですから」
「もちろん俺も、現王家に先がないことは認める。消し去ってやりたいと何度思ったことか。だが……」
過去を思い返すように、ベインが複雑な表情で言葉を繋いだ。
「王位簒奪なんて、口で言うほど簡単なものじゃない。二人でどうするんだ? 仮に可能だとして、パメラは自分が王になるつもりか?」
「あら、そんなわけないでしょう? 小さな雑貨屋の店主が、分相応な職業というものです」
「じゃあ? 誰が王になるんだよ?」
「さあね。あんたはどうですか? 勇者が国を開くなんて話、歴史書でも飽きるほど出てくる定番のネタでしょう?」
パメラが口角を釣り上げて尋ねると、ベインは首を振った。
「俺は剣を振るうことしか知らん傭兵だ。自分の口を糊するのさえ精一杯で、パメラにたかって生きていた俺が、どうやって国を治めるんだ?」
「たかって生きていた自覚はあったのですね? 意外です。あんたのように厚かましい居候は、そんなことすら考えないと思っていました」
「パメラ。冗談を言っている場合じゃないだろ」
「いいえ、冗談を言うべきタイミングです。ベイン。あんたは一体、何をそんなに難しく考えているの?」
パメラが指を上げ、ベインの眉間をぐいと押した。
「あんたが今すべきなのは、遥か未来を憂いて不安がることではなく、目の前に迫った断罪劇を楽しむことですよ」
「それを楽しむには、誰もが納得できる確実な未来が必要だろう」
「あらあら。さすがは勇者ね、人の心配ばかりするの? 私の家にいた頃は、食べて遊んでばかりだったくせに」
パメラが口角を上げて皮肉ると、ベインは「うっ」と声を漏らして肩をすくめた。
「それは……俺なりにうまくやろうとはしていたんだが……」
「おっしゃる通り、あなたは剣術以外に才能がないようですからね。ふふ、心配しないで。あんたに王位を継げなんて言いませんから」
「じゃあ?」
「継ぐべき人を呼びました」
「継ぐべき人を……呼んだ?」
ベインが呆然とした顔でパメラの答えを繰り返した。それにパメラが意地悪な笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。ただ距離が距離なので、私たちが早く着きすぎたようですね。いっそこの機会に、昨日話せなかったことでも話しながら優雅に待つとしましょう?」
(優雅な会話とやらは、どこへ行ったんだ……)
数時間前に交わしたパメラとの会話を思い出し、ベインはため息をついた。
当初、処刑の時刻に合わせてベインもパメラの傍らに現れる予定だった。
しかし、相変わらず厚顔無恥な国王や貴族たちの姿と、絶望を通り越して感情の欠片すら残っていないかのような男たちの姿を見ていると、正気を保っていられなかった。
殺したい。あの脂ぎった豚どもを。
全てを打ち砕いて、何も残らないようにしたい。
こみ上げる破壊衝動に呼吸さえも荒くなる。
そんなベインを無言で見守っていたパメラは、彼を路地裏の陰に押し込むと、自分が対応すると言ったのだ。
「一人では危険だ」
「危険? この程度の距離なら十分にあなたを守れると思っていたのですが。あんた、思ったよりか弱いようですね?」
「物理的な危険のことを言っているんじゃない……」
「ならば大丈夫です。精神的に危険なことなど、起こりえませんから」
ベインが止める間もなく絞首台へと進んだパメラは、実に過激な言葉を並べて貴族たちを挑発した。
露骨すぎて馬鹿げた挑発だったが、救いようのない暴政と怠慢が知能を退化させていたのか、パメラの安っぽい挑発にも貴族たちは顔を赤らめて激昂した。
パメラに剣を向ける騎士たちの姿に、彼女は厳格な態度で彼らを諭したが、騎士たちは平民であるパメラと王族を天秤にかけ、結局王族を選んだ。振り下ろされる刃の前でも瞬きひとつしない彼女の姿に、ベインは焦燥感を覚えた。
半分無意識に、彼女に近づく者たちを全て切り捨て、再び路地裏へと戻った。
命を絶たなかったのは、ひょっとするとパメラが彼らに言い残したことがあるかもしれないと思ったからだ。
「このパメラ、本日、カマリッドの王位を簒奪するために、わざわざここへやってまいりましたの」
先頭にいた騎士団長を踏みつけながら放ったパメラの言葉に、国王や傘下の貴族たちは誰もが呆然とした表情を浮かべたが、やがて大笑いを噴き上げた。
「あははは! パメラ・アレイルグ。狂ったのか? 平民の女である貴様が王位を簒奪だと?」
「笑いを通り越して哀れだな。ほう、どうやって簒奪するつもりだ? 見るに、使い物になりそうな傭兵を連れてきたようだが……」
爆笑しながらパメラを侮辱する貴族たちに対し、パメラは黙ったまま、ベインが立っていた路地裏へと指先をクイと動かした。
引き寄せられるようにベインが歩みを進めると、先ほどまで嘲笑っていた貴族たちの顔色が、一斉に硬直した。
国王すらも椅子から立ち上がり、パメラの背後から歩いてくるベインを見つめた。驚愕に染まった顔は、すぐに怒気に満ちた表情へと変わった。
「ベイムネク貴様、なぜあの無礼な女の傍にいる!」
「『なぜ』だと? あなたのような貪欲な豚に仕えるより、私に仕えるのが当然ではないですか?」
当然ではないか、と続いたパメラの言葉に、国王の顔が歪んだ。
ベインが現れるまでは余裕を見せていたその表情から、ついに余裕が消え失せた。殺気立った目でパメラを睨みつけ、国王は歪んだ笑みを浮かべて問いかけた。
「……勇者が傍にいるからといって、王位簒奪が可能だとでも思っているのか? 貴様の傍にいるのは、剣を少々振るえる程度の無能な平民に過ぎん」




