表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/25

#20.

雲一つない抜けるような青空は、見る者の気分まで晴れやかにしてくれそうなほど高く澄み渡っていた。


しかし、空を見上げているルシアンの心は、どんよりと暗い雲が立ち込めたかのように重く、息苦しかった。


(一体、どうしてこうなってしまったんだろう)


透明なほどに真っ青な空を見ていると、冷たく冷静だったかつての婚約者の瞳が脳裏に浮かぶ。いつも私を責めるような視線で、彼を見つめていた婚約者。


彼に過ちがあるたびに「為政者として恥ずべき行いだということが分からないのですか」と、必要以上に厳しく諫めた婚約者。


彼女の小言がたまらなく嫌だった。ルシアンのために言っている言葉だとは分かっていた。だが、毎日毎日繰り返される非難の言葉は、まだ幼かった彼には反発心を引き起こすには十分すぎた。


(耳の痛い言葉ほど、口にするのは難しいものなのに……)


振り返ってみれば、パメラの助言はただルシアンひとりのために。彼が立派になることを願って口にされた、愛情のこもった助言だった。


彼よりも年下であるパメラが、ルシアンに助言をするのがどれほど辛いことだっただろうか。


至らない彼のために、彼女はどれほど多くの苦難を自ら背負い込んできたのだろうか。


青空が眩しくて、顔を上げることができない。力なく俯くと、王国の名物である中央広場の光景が視界いっぱいに広がった。


大勢の人が行き交い、大道芸を楽しんだり、祭りの準備をしたりと笑い声が絶えなかった広場だったが、今はまるで葬儀が執り行われているかのように陰鬱で沈痛な空気が漂っている。


実際、この広場はまもなく大規模な処刑場と化す予定だった。


「勇者を探す」という名目で、灰色の髪の男たちを片っ端から捕らえて一ヶ月が過ぎようとしていた。馬鹿げた公文によって強制的に連れてこられた国民たちは、「自分たちは無実だ、解放してくれ」と激しく反発した。


しかし、冷え切った牢獄に閉じ込められ、家畜以下の扱いを受けていた哀れな人々は、声を上げる力すら失い、今は生きる屍のように死ぬ日だけを待っている。


一ヶ月経っても、勇者の消息はなかった。そもそも遺言を残して消えた勇者を探すこと自体、愚行ではないか。


愚かで、馬鹿げた行い。


「一体、どうして……」


なぜ、こんなことになってしまったのか。決して大きくはないが歴史あるカマリッド王国が、どうしてここまで地に落ちた国になってしまったのか。


飲み込むこともできず吐き出された言葉が、空気に溶け込んでいく。


(あの日、僕が馬鹿な婚約破棄なんて宣言しなければ)


そうしていれば、ルシアンと国王の決定に激しく反発していた王妃が廃位されることもなかっただろう。


そうしていれば、魔王が復活した際、王国の対応も今とは違っていたはずだ。王妃は聡明で、公明正大な性格の持ち主だった。


母さえいてくれれば、勇者が独りで全ての期待を背負う必要もなかっただろうし、貴族たちも怠惰に腐りゆくことはなかったはずだ。


母がいてくれたなら、より多くの富と権力を貪るオフィリアが国王を狙うこともなかっただろう。美貌と媚薬で武装したオフィリアに国王が溺れることもなかったはずだ。


自分の婚約者が父親と情を通じさせるのを、無力に眺めることもなかっただろうに。


だが、これら全てはルシアン自身の選択だった。その誤った選択が、この結果を招いたのだ。


自分がもう少し有能であったなら、変わっていただろうか。


パメラの言葉を素直に聞いていれば。

彼女の手を離さなかったなら。


「……」


生気を失った国民たちは、もはや王も貴族も信じていなかった。国を捨てる者、犯罪者となって略奪を繰り返す者。滅亡が目の前に迫っていても、女のスカートの裾に隠れた王は、間抜けな笑みを浮かべるだけだ。


ルシアンは国が崩壊していくことを知りながら、何もできないまま、ただひたすらに窓の外の世界を眺めるしかなかった。



***



今にも雨が降り出しそうなほど、黒い雲が立ち込めた暗い日だった。


本来ならば豊作を祈って祭りが開かれる季節だったが、王都の通りには祭りの面影など微塵もなかった。


いや、祭りどころか、王都の通りを歩く人の姿すらない。大半の店は閉店し、ある程度の資産がある者はこぞって移住した。残ったのは、行き場のない貧しい庶民と浮浪者だけ。


彼らですら、目の下は窪み、生きているのか死んでいるのかさえ分からないほどだった。


重い視線で庶民たちを見下ろしていると、広場に即席でしつらえた絞首台に、国王をはじめとする王都の貴族たちが一人、また一人と腰を下ろし始めた。


胸元が大きく開いたドレスを纏ったオフィリアが、国王の隣で退屈そうに欠伸を噛み殺している。


「愚かな勇者め。あくまで血を見たいというのだな。看守、直ちに罪人を連れてこい」


王の傲慢な声が周囲に響くと、灰色の髪の男たちが看守の手によって引きずられ、壇上へと上げられた。皮と骨だけになった体をした男たちは、死が目の前に迫っているにもかかわらず、何の反応も示さない。生きる意欲さえ失い果てた姿。


(俺も、他人からあんな風に見えるのか)


虚ろな笑みが口元に浮かぶ。処刑が始まろうとすると、建物の影に隠れていた庶民たちの顔が一人、また一人と露わになった。暗く沈んだその視線には、猛烈な非難が込められていた。


重く垂れ込めた雲から、ついに雨粒が一つ、また一つと落ち始めた。広く張られた天幕に、雨筋が打ち付ける音が聞こえてきた。


「罪人ども、聞け。貴様らは勇者と同じ髪色を持ちながら勇者になれなかった極悪非道な罪を犯し、さらに勇者を呼び戻せなかった罪までも犯した。よって、全員に死刑を宣告する」


朗々と続く宰相の声に、男たちのほとんどは反応しなかったが、数名は鼻で笑い、国王と貴族たちを殺す勢いで睨みつけ、カッ、と唾を吐き捨てた。


罪人たちの不遜な態度に顔をしかめた宰相が手を挙げると、死刑執行人が歩み寄り、先頭の男を絞首台へと引き立てた。その時だった。


「あらあら、こんな馬鹿な真似を本当にやっているのね」


誰も立っていなかった広場の中央に、いつの間にか一人の令嬢が立ち、絞首台を見上げていた。


金を溶かして作ったかのような金色の髪と、青空を連想させる真っ青な瞳。絞首台の前とは信じられないほど華やかなドレスを着た女の姿が視界に収まると、ルシアンは弾かれたように席を立った。


彼女の名を呼ぶこともできず、唇を震わせていると、彼女の真っ青な瞳がルシアンを捉えた。


婚約者だった時代には一度も見せたことのない明るい笑みを浮かべ、パメラは挨拶を投げかけた。


「皆様、ご無沙汰しております」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ