#18.
差し出されたパメラの手を無意識に取ると、パメラは優しく彼の手を引いた。
ベインが導かれるように立ち上がると、パメラはそのまま彼を連れて2階の自室へと向かった。
ベインはパメラの足元を気にしている様子だったが、これまで学習したことがあったのか、パメラの動きをじっと観察しながら、階段の時だけ腰を抱いて支えていた。
「あ、ありがとう」
純粋な感謝の言葉に、ベインの表情が明るくなった。
「不便じゃないか?」
「ええ」
彼女との距離感を少し掴めたような気がした。パメラに支えられながら部屋にたどり着くと、パメラは部屋の一角を埋め尽くす本棚の間から、薄い封筒を一通取り出して言った。
「ベイン、今すぐ王都へ出発するわよ。あんたも荷物をまとめなさい」
「王都に? 今から行くって、一体何をしようと……」
パメラの突拍子もない決断に、ベインは当惑したように声を上げた。しかし、封筒から飛び出した銀色の鳥の姿に言葉を止め、素早く剣を抜いた。
それまで彼が剣を携えていることに気づいていなかったパメラは、目を丸くしてベインを見つめた。
「ベイン? その剣、どこで出したの?」
「それは俺のセリフだ、パメラ。すぐにそいつから離れろ」
「どうして?」
「どうしてだと?! お前のそばにいるのは魔物だぞ! それも……」
「この子は魔物じゃないから、剣を収めて」
「パメラ? 何を言ってるんだ……」
「本当よ。あんたは魔力があるから、この手紙の中の錬成陣が見えるでしょう?」
茶目っ気のある笑みを浮かべたパメラが、封筒の中に入っていた便箋を揺らした。一見すると、その便箋には何も書かれていないように見える。
だが、瞳に魔力を込めて確認すれば、非常に精巧な錬成陣が描かれているのが見て取れるはずだ。
パメラのそばにいる鳥が魔物ではないと理解したベインは、信じられないという声で呟いた。
「まさか……本当に幻獣なのか? 魔力のないお前が、どうやって幻獣を召喚したんだ?」
「この封筒はね、私の師匠が開発した召喚魔道具よ。魔力のない人でも、封筒を開封した瞬間に幻獣が召喚されるように作られているの」
いくら魔道具とはいえ、できることとできないことがある。幻獣召喚は、魔力を持つ者でさえ簡単には行えない高度な魔法だ。どれほどランクの低い幻獣であっても、高度なテクニックがなければ呼び出せないはず……。
「パメラ、一体お前の師匠は何者なんだ?」
「さあね。本人曰く、金に狂ったただの商人だそうだけど……」
ベインの問いに、パメラは片手で幻獣の毛を撫でながら言葉を継いだ。
「亡国の王女だと言われても信じるし、国を滅ぼした魔女だと言われても信じるわね。正体が何であれ、私の自慢の師匠よ」
正体など重要ではない。重要なのはその人の本質だから。
淡々とした答えとともにパメラが微笑むと、ベインは彼女に合わせるべきか、それともさらに問い詰めるべきか迷っているような表情を浮かべた。
複雑な顔をしたベインを見ながら、パメラはドアを指差した。
「ほら。誤解は解けたんだから、さっさと荷物をまとめなさい。遅れたら連れて行かないわよ」
「あ、ああ」
追い払うようにベインを送り出したパメラは、何も書かれていない便箋に手早く文字を書き連ね始めた。短く文章をまとめると、パメラは便箋を丁寧に折り畳み、肩に乗っていた幻獣に渡した。
「さあ、長く待たせたわね。師匠と兄様に、しっかりと届けて頂戴」
パメラの言葉を理解したのか、幻獣はコクリと頷くと、彼女が差し出した手紙を口にくわえて、溶けるように消え去った。
役者は揃った。あとは素晴らしい舞台をセッティングするだけだ。
「別に復讐するつもりはなかったけれど……転がり込んできたチャンスを逃すのは恥というものね。ふふふ。馬鹿な王太子と、お花畑な聖女は元気にしているのかしら?」
口角を釣り上げたパメラは、機嫌よく鼻歌を歌った。
「さて、それじゃあ私も準備しなきゃ」
パメラがいる国境の村から王都までは約十日。隣の村へ行って王都行きの馬車に乗らなければならないから、旅費は十分に用意しておいて……。
「かなり長く店を空けることになるから、しばらく家を任せないといけないわね。誰がいいかしら……」
トランクに荷物を一つずつ詰めながら日数を計算していると、コンコンとノックの音が聞こえた。
「パメラ。俺、準備が終わったよ」
「私も、もう少しで終わるわ」
旅支度のトランクを持ったパメラがドアを開けた。ちゃんと荷物をまとめろと言ったはずなのに、彼が持っているのはボロボロの袋一つだけだ。
「ベイン? 荷物はそれだけ?」
「ああ」
「どうしてそんなに簡素なのよ?」
「だって……すぐに戻るだろ?」
「いくらなんでも一ヶ月はかかるわよ?」
「十分だ」
「……」
ベインの答えに、パメラは気に入らないとばかりに眉を吊り上げた。彼の姿を上から下まで見回したパメラが問い詰める。
「ベイン。あんた、髪と髭を伸ばしている理由は?」
「えっ? それは……顔を知られたくなくて」
「顔をどうして知られたくないのよ?」
「勇者だってことがバレたくなかったから……」
「じゃあ、バレた今なら剃ってもいいんじゃないの?」
「それは……」
ベインが言葉を終える前に、彼を椅子に座らせたパメラがニッコリと笑った。
「あ、あの? パメラ? どうして?」
「私はね、こう見えて外見をかなり気にするのよ。家でボロ雑巾みたいな格好をしている分には見る人が私しかいないから構わなかったけど、外ではダメ。絶対ダメ」
机の引き出しからハサミを取り出したパメラは、彼が逃げ出せないよう前を遮りながら言葉を続けた。
「髪を伸ばしているのがトラウマのせいじゃないのなら、これ以上見過ごす必要はないわ。特に王都へ行くのに、こんな浮浪者みたいな格好は絶対に許さない。その雑巾みたいな髪と髭を整えるまで、この部屋から一歩も出られないと思ってちょうだい」
パメラがベインにハサミを突きつけると、ベインは慌てて尋ねた。
「待って、髪を切るのは構わないんだけどさ、パメラ。髪を切ったことあるのか?」
「もちろんよ。心配しないで。自分の髪を切る時は男の子に間違われるほどめちゃくちゃに切り落としちゃったけど、あんたは男なんだから少し短くても問題ないでしょう?」




