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#16.



ベインの言葉に、パメラの視線が彼の方へと向いた。


乱れた髪の向こう、切なさを通り越して不気味にさえ感じられる視線と、一片の感情も込められていない冷ややかな視線が交差した。


パメラが口を開いた。


「いいわよ。じゃあ、ここにいればいいわ。代わりに、私が出ていくことにするわ」

「この家が欲しいってわけじゃない」

「じゃあ何?」

「俺は……」


自分の願いすら口に出せないなんて。愚か極まりない。


「何がそんなに怖くて答えを躊躇するの? 子供だって自分が欲しいものは言えるっていうのに。あんたは子供以下の存在ってこと?」

「子供は願いが叶わないなんていう現実を知らないから、気楽に言えるんだろ!」


パメラが腕を組みながらベインを挑発すると、彼は苦悶の表情を浮かべて叫んだ。


そんなベインの姿をじっと見つめていたパメラは、伸び放題の髭を乱暴に掴んで自分の方へと引き寄せた。互いの鼻が触れ合う距離。


大きく見開かれたベインの瞳の奥に、自分の姿が鮮明に映り込んでいた。


「子供たちが欲しいものを簡単に口にするのは、気楽だからでも現実を知らないからでもないわ。願いが叶うと信じているからよ」


片方の口角を歪に吊り上げたパメラが言葉を継いだ。


「ベイン。あんた、勇者じゃなかったの? 何が怖くて言えないの? 何が恐ろしくてこんな姿で隠居してるの? あんたがこの家にいたい理由は何?」

「……」

「欲しいものがあるなら、自分の口ではっきり言いなさいよ。私は本気の言葉じゃなきゃ聞かない主義なの」

「俺が本心を口にしたら、お前は俺の言葉を聞いてくれるのか? 俺の願いを叶えてくれるのか?」

「さあね? 願いによるわ。それより、私があんたの願いを叶えてあげなきゃいけない理由でもあるの?」

「欲しいものを言えって言ったのはお前だろ」

「あら、そうやって追い詰めるわけ? じゃあ聞かないことにするわ。実際、聞かなくても私には何の関係もないことだし」

「……は?」

「そもそもね。勇者であるあんたが、ボロ雑巾みたいな格好をして辺境まで転がり込んできた。この時点で、退屈で無駄に重い事情が満載ってことじゃない。きっと望んでいることも、重苦しいんでしょうね」

「じゃあなんで言えって言ったんだよ?」

「あら? ベイン。頭が悪いとは思っていたけど、本当に悪いのね。私がいつ、あんたの願いを聞きたいなんて言ったの?」


パメラの答えに、ベインは呆然とした表情を浮かべた。確かに、パメラはベインに「本心を聞きたい」とか「願いを知りたい」なんて言ったことはない。


むしろ聞きたくない。聞く必要がないと言い続けていたのではないか?


それに気づいたベインは唇をワナワナと動かしてから、溜息をついてパメラの前にへたり込んだ。


「この馬鹿げた問答は一体何なんだ」

「何って、馬鹿げた問答よ。さあ、それで、言うの? 言わないの?」

「分かった、言うよ。パメラ。俺はこの家じゃなくて、お前のそばにいたい。これからも、一生」

「嫌だと言ったら?」

「いいと言うまでくっついて回る」

「わあ、鳥肌が立つわ」

「自分でも分かってる。それでもそばにいたいんだ」


ベインは躊躇うような表情を浮かべてから、ゆっくりと言葉を続けた。


「パメラ。お前のそばにいられるなら、俺は何だってできる。お前が俺を好きじゃなくてもいい。今みたいに穀潰し扱いしても構わない。だから、そばにいてもいいか? 俺は……お前のそばにいる時だけ、息ができるんだ」


頼み事を超えて懇願に近い彼の言葉に、パメラは目を細めた。


「ベイン。あんた、なんで勇者になったの?」

「なぜ……勇者になったのかって?」

「言葉通りの意味よ。あんたは何のために勇者になったの? 世界を救うために勇者になったんじゃないの? 王都では勇者であるあんたを探しているわ。だったら、あんたがいるべき場所はここじゃないでしょう?」


パメラの問いかけにベインの視線が揺れた。組んだ両手が真っ白に染まった。


「……世界を救うために勇者になったことなんてない。勇者になりたかったこともない」

「じゃあ何?」

「俺が住んでいた村は貧しい田舎だった。国の支援なんて望めないような辺境さ。何でも自給自足しなきゃいけなくて、魔物が出れば命がけで討伐しなきゃならなかった」


カマリードは治世が安定している国だったが、どの国だって辺境へ行くほど暮らしは困窮し、国の目が行き届かないものだ。


「両親は俺が十歳にもなる前に、魔物に食い殺された。他の子供たちも同じだったよ」


どこにでもよくある話だった。村の大人たちは年々増え続ける魔物たちを相手にして命を落とし、残された子供たちは互いに支え合って生きる。


それゆえベインと彼の仲間たちは不遇な幼少期を送った。魔物がいなくなれば、世界は平穏になるだろうか? すごい冒険者になって褒賞を受け取れば、楽しく幸せに暮らせるだろう。


夢に胸を膨らませたベインと仲間たちは、成人式を終えると同時に村を出て冒険者となった。


「魔王が復活したという知らせを聞いた時。俺たちが討伐できるなんて思ってなかった。ただ偶然、運よく、他の人々の犠牲を土台にして、俺たちが最後を飾ることができただけだ」


しかし世間はそうは見なかった。魔王の力を削いだ他の冒険者たちの名はすべて消え、勇者ベイムネクと彼の仲間たちの名だけが世に残った。


最初は良かった。誰もが彼を崇め、彼らを英雄と持ち上げてくれた。広い家も、豪華な食事も初めてだった。だが、それだけだった。


「魔王が死んだからといって、魔物たちが消えるわけじゃない。魔族の国は健在だった。毎日毎日、魔物を狩った。ああ、毎日毎日だ」


英雄となった彼らは、まともな休息すら取れぬまま毎日魔物と魔族を狩らなければならなかった。


魔族となった仲間を自分の手で処理したこともあった。いや、魔物よりも魔族と化した昔の仲間を殺さなければならないことの方が、はるかに多かった。


魔族とは、堕落した人間たちの成れの果て。貪欲な者が多ければ多いほど、利己的な者が多ければ多いほど、魔族も増えていくのだから。


最初の1年は、魔王を討伐した勇者としての自負を持って討伐に臨んだ。

次の1年は、勇者としての義務感を持って討伐に臨んだ。


寝る時間すらないまま最前線に留まっても、勇者なら当然そうあるべきだと、力を持つ者なら耐えなければならないと、自分を追い込んだ。


そうしてまた1年が経った時。事件が起きた。

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