#15.
「ちょっと待って、パメラ。落ち着いてくれ。お前、まだ足首が……」
「黙りなさいって言ったでしょう!」
ベインの言葉を遮ったパメラが、壊れたトレイを投げつけると、彼はそれを軽々と受け止めて床に置いた。
一発くらいは甘んじて受けてほしかったのに、それすら防がれたせいで、とうに限界を突破していた怒りがさらに激しさを増していく。
パメラはいつの間にか床に膝をつき、黙って殴られていた騎士たちを足蹴にしていたが、足首に走った激痛に顔をしかめてその場にしゃがみ込んだ。
「あ痛っ、足首が……」
「パメラ、大丈夫か? だから落ち着けって言ったのに」
パメラが返事の代わりに顔を上げてベインを睨みつけると、彼はびくりと肩を揺らして口を閉ざした。静寂が雑貨店の店内に舞い戻る。
(八つ当たりはこれくらいで十分ね。さて、ここからどうしたものかしら)
深くうつむいたまま思考に耽ることしばし、パメラが立ち上がると、ベインが慌てて彼女を支えようとしたが、パメラはその手を冷たくはねのけた。
そして騎士たちの脇を通り過ぎ、アレンとジェイドのもとへと歩み寄った。
殴打されたのか、二人とも顔がひどく腫れ上がり、鼻や口から血を流していたが、意識だけははっきりしているようだ。
「アレン、私の声が聞こえますか? 体の具合はどうですか?」
「うっ、大丈夫だ。見た目ほど深い傷じゃない」
「ローラ、ジェイドは大丈夫ですか? 意識は……」
「ある。死ぬほど痛えがな」
なるほど。ローラが傍らで泣き叫んでいたせいで深刻に見えただけで、二人とも派手な負傷の割には、そこまで重症というわけではなさそうだった。
(加減はしたってことかしら?)
つまり、二人はあくまで見せしめ。町の中には、二人の他にも灰色の髪をした老人や幼い子供だっている。彼らを大人しく連行するために、あえて見栄えの悪い傷を負わせたのだろう。
(それが最後の手向けの騎士道、ってわけね)
パメラの問いに素直に答えたことも、一方的な暴行を黙って受け入れたことも。
騎士たち自身、国王の命令が間違っていると理解しており、従いたくはないが無理やり従わされるしかなかった、ということだ。
ならば、どこからどこまでを切り捨てるべきか。ひとまず国王と王太子は確定として、残りは?
あれこれと算段を巡らせながら、パメラは言葉を続けた。
「見たところ、リンク夫妻の手を借りるほどではなさそうですね。手当てをしますから、奥の居間へ移動してください。ローラはジェイドを支えてあげて。アレンは……」
「俺がやる」
パメラの背後にぴったりと張り付いて様子を窺っていたベインが、即座にアレンを抱き上げた。
大柄な男が、同じく体格の良い男を、よりによってお姫様抱っこで繊細に抱え上げている。その光景は視覚的に極めて不審極まりなかった。アレンが顔を真っ青にして絶叫した。
「うわっ?! おい、こら! ベイン! 一人で歩けるから下ろせ!」
「うるさい! パメラにお前を支えさせるわけにいくだろ!」
「支えてもらわなくてもいいって言ってんだよ!」
「黙って支えられていろ!」
「支えるにしても、せめておんぶしろ! 背負っていけ!」
(……本当に騒々しいわね)
ローラとジェイドが無言でパメラを見つめると、パメラは首を横に振りながら、居住スペースへと続く扉を指差した。二人が先に扉の向こうへと消えていく。
ベインはパメラを守るためなのか何なのか、アレンを抱き抱えたまま突っ立っていたが、下ろせと喚き散らすアレンの言い分ももっともだし、何よりうるさかったので、パメラは扉を指差して告げた。
「うるさいですからアレンを下ろしなさい……。勇者としての身体能力を、そんなところで無駄遣いしないでください……」
パメラの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ベインの姿が消えたかと思うと、瞬く間にアレンを下ろして彼女の目の前に舞い戻ってきた。
(はぁ、本当に呆れた男ね)
深くため息をついたパメラは、棚から治療に必要な回復薬や軟膏、包帯などを取り出した。
幸い、割れたり壊れたりした商品はごく一部だったため、大半はそのまま使用できそうだった。パメラが荷物をまとめる間も、騎士たちは跪いたままだったが、パメラは一瞥もくれなかった。
居間へと続く廊下に足を進めたパメラは、ローラと共に二人の手当てを開始した。消毒を終えて改めて確認すると、やはり傷は浅い。これなら一週間もあれば完治するだろう。
「処置は終わりました。回復薬は一日に一度、毎朝飲んでください。軟膏はこまめに塗るように。代金は結構ですよ」
「いや、そんなわけにいかない。パメラだって被害者だろ?」
「そうよ。パメラのところだって商品が壊されたじゃない。代金は払わせて」
温かい言葉をかけてくれる町の人々に、パメラは口元を綻ばせながら首を横に振った。
「いいえ。代金を請求する相手は、他にいますから。皆さんの分まできっちり毟り取ってきますので、安心していらしてくださいね」
彼女の微笑みを目にした三人の表情が、微かに凍りついた。
(あら、大変)
自分なりに柔らかく微笑んだつもりだったのだが、本性が滲み出てしまったかしら。笑顔で三人を見送ったパメラは、ソファに深く腰掛け、細い息を吐き出した。
ベインはパメラの隣に立ったまま、顔色を窺ってそわそわと佇んでいる。パメラの視線が、ゆっくりとベイン――勇者ベイムネクへと向けられた。
「お座りなさい、勇者様」
「パメラ。騙すつもりはなかったんだ。俺はただ……」
「座りなさい、と言いました」
パメラが言葉を繰り返すと、小さく息を呑んだベインがおずおずと腰を下ろした。
「まず第一に。あんたが素性の知れない不審者だと分かっていながら、この家に置いておいた私にも落ち度はあります。ですから、正体を隠していたことについては不問に付しましょう」
パメラの言葉に、ベインは安堵のため息を漏らした。だが、安心するのはまだ早すぎるというものだ。無味乾燥な瞳で彼を見つめながら、パメラは淡々と言葉を紡いだ。
「ただし。私はあんたを、行くあてのない浮浪者だと思ったから面倒を見てあげていたのです。あんたが勇者だと知ってしまった以上、この家に置いておくわけにはいきません」
「パメラ?」
「見たところ、王都でもあんたを探しているようですしね」
「パメラ」
「猶予期間をあげます。今日中にこの家から出ていきなさい。……二日もあれば十分かしら? 行くついでに、店に転がっている羽虫どもも一緒に連れていって……」
「パメラ!!!」
パメラの言葉を遮り、ベインが荒々しく彼女の間近へと迫った。パメラを閉じ込めるように、両手でソファの肘掛けをガシリと掴みながら、彼は言葉を絞り出した。
「パメラ。俺は……俺は、この家にいたいんだ」




