#14.
パメラが部屋を出て、一階へと続く階段に足を踏み入れた、その瞬間のことだった。
――ガッシャーン!!!
一階からけたたましい破裂音が響いてきた。
田舎の雑貨店では絶対に聞こえてくるはずのない不快な音に、パメラは一瞬足を止めたが、直後に聞こえてきた見知らぬ怒鳴り声に突き動かされるように、素早く階段を駆け下りた。
彼女が廊下を横切る間にも、怒声は止むことなく響き渡っていた。一歩、また一歩と前へ進むたびに、パメラの顔から温度が消え、冷たく凍りついていく。
店舗へと繋がる扉の取っ手に手をかけたパメラは、短く深呼吸をした後、荒々しく扉を開け放った。そして。
「どこのど低脳が、私のお店で騒ぎを起こしているのよ!!!」
王妃教育の賜物である、途方もなく声量が豊かで威厳に満ちた怒声を張り上げた。その声に、店内で騒ぎを起こしていた者たちの視線が一斉にパメラへと向けられた。
彼女の店には、見知った顔が四人と、見知らぬ顔が三人いた。
見知った顔は、店員のベイン。町の住民であるアレンとジェイド。そしてジェイドの妻であるローラ。
見知らぬ三人組はベインに向けて剣を構えており、アレンとジェイドは暴行を受けたらしく、縄で縛られたまま力なく座り込んでいた。
ローラがジェイドにしがみついて泣いている、およそ理解し難い凄惨な状況だった。
パメラの冷徹な瞳が、剣を抜いた三人へと向けられる。
彼らが身にまとっている制服には見覚えがあった。真紅のマントに漆黒の制服――カマリード王国騎士団の礼服に間違いなかった。
触れるだけで凍りつきそうなほど恐ろしい視線に、騎士たちの身体がびくりと強張る。三人の騎士のうち、リーダー格と思われる男の目が見開かれた。震えるその唇を見るに、彼女が誰であるかに気づいたようだ。
「パ、パメラ・アレルグ侯爵令嬢……?」
愚かな王太子の代わりに国防予算と騎士団の人事を管轄していたパメラは、一目でその男の正体を見抜いた。セルダン・バリオン。魔族の国との国境を死守する第一騎士団の首席騎士。
「お久しぶりですね、セルダン。魔物討伐部隊の首席騎士が、このような場所で一体何をされているのですか?」
「お、お嬢様がなぜ、このような場所にいらっしゃるのですか?」
「質問したのは私の方が先だったはずだけれど?」
首を傾げたパメラは、セルダンに向けて一歩足を踏み出しながら言葉を紡いだ。
「非武装の女性を前にしていながら剣を収めようともせず、罪なき領民に暴行を働く。セルダン・バリオン。貴方、今、何をしているの?」
「……王命を遂行しているまでです」
「王命?」
「灰色の髪を持つ男を一人残らず捕らえ、王都へ連行せよとの命令です。反抗する者は殺しても構わない、と……」
一体全体、それはどういう意味かしら? なぜ灰色の髪の男を連行していくの? 反抗すれば殺してもいい、ですって?
そういえば、アレンもジェイドも、二人とも灰色の髪をしていた。そしてベインもまた、灰色の髪だ。
(……なぜ、灰色の髪なのかしら?)
パメラの預かり知らぬ、根深い政治的癒着でもあるのだろうか。いや、仮にそうだとしても、ただ「灰色の髪」というだけの理由で、人々を強制的に連行することも、命を奪うことも許されるはずがない。
「灰色の髪を持つ男が何だというの。なぜ連行するのですか?」
「わ、我々も正確な理由は知らされておりません。ただ、灰色の髪の男を全員連れてこい、と。そして、現れないのであれば、見せしめとして全員殺せと……」
(現れないのであれば、見せしめ?)
つまり、現国王は何者かを王都へと誘い出そうとしているのだ。そしてそのためであれば、民が何人死のうが知ったことではない、という意味に他ならない。
「こんなの不当よ!! こんなのが国と言えるの?! 罪のない人を連行して暴行を働くなんて!! あんたたち、何様のつもりよ、私たちにこんな真似をして!!!」
ローラの涙混じりの絶叫に、パメラの目が細められた。確かに、いくら王命であろうとも、これほど不当で愚かしい命令に従う価値など万死に値する。
正気とは思えない王命に、パメラが冷酷な声をあげようとした――いや、声をあげようとした、その瞬間のことだった。
「俺が現れなければ……見せしめとして民を殺す、だと? それが、王の吐く言葉か?」
低く吐き出された声が、怒りで激しく震えていた。その言葉に、パメラの目が見開かれる。王はベインを狙っている? ベインもまた、それを自覚している?
(まさか)
くだらない想像が頭をよぎった。必死にその想像を打ち消しながら階段を下りてきたというのに、こんな理不尽な状況で決定決定的な事実を突きつけられたくはなかった。
パメラが状況を収拾しようと一歩前に出たが、ベインの行動の方が早かった。自分に向けられた三本の剣を一掴みにしたベインは、そのまま力任せに刀身を粉砕しながら言葉を続けた。
「一体いつまで……搾取するつもりだ? 俺の同僚を殺し、その家族を死地へと追いやりながら甘い汁を吸い続けておきながら、一体いつまで……」
ベインの呼吸が荒くなり始めた。小刻みに震える彼の肉体から、おぞましく不浄な気配が立ち上る。泣き叫んでいたローラも、震える声で状況を説明していたセルダンも、息を呑んで言葉を失った。
額を押さえたパメラが、深く長いため息を吐き出した。魔王という存在は、世界に平和が訪れようとも、いずれは復活する。しかし、討伐直後にすぐさま復活できないのは、勇者という強力な抑止力が存在するからだ。
だが、もしも。
魔王を討伐した勇者が表舞台から消え去ってしまったとしたら? 勇者が自らの職務を放棄し、隠遁してしまったのだとしたら?
抑止力を失った魔族の中から、再び魔王が誕生するのは、至極当然の流れではないか。
(あぁ、本当に。生きるっていうのは、どうしてこうも疲れるのかしらね)
四年だ。この大陸に平和が訪れてから、まだ四年しか経っていないのだ。なぜこんな大事件が、私が生きている間に立て続けに起きるというのか。
(クソ神様め。本当に、私が死んであの世で拝謁することになったら、ただじゃおきませんからね)
心の中で神への呪詛の言葉をこれでもかと吐き散らしたパメラは、怒りを抑えきれずに血走った目で騎士たちを睨みつけているベインの前に、立ちはだかるようにして進み出た。そして。
――パチーーーン!!!
呆然と立ち尽くしていたセルダンの頬を、思い切り引っ叩いた。小気味よい破裂音が雑貨店に響き渡る。
――パチン! パチン! ドガッ!!
セルダンを中心に、両脇に控えていた騎士たちの頬を往復ビンタしただけでは飽き足らず、容赦なく殴りつけ始めた。彼らが叩き壊した雑貨店の備品を武器として活用することも、彼女は決して忘れなかった。
「うっ、ちょっと、何を……」
「黙りなさい、この穀潰しども! 王の家臣だと言うのなら! 出来損ないの世迷言くらい!! 自分たちの頭で阻止しなさいよ! 税金を何だと思っているの? こんな真似をさせるために、領民たちが血と汗を流してあんたたちの俸給を納めているとでも思っているの?!」
「パ、パメラ?」
「黙りなさい! ベイムネク。アンタも勇者なら勇者らしく、大人しく一人で隠居していなさいよ! なぜ私の家に転がり込んできて、こんな騒ぎを起こすのよ? あんたたちのせいで、私の平穏な人生がめちゃくちゃじゃない。四人まとめて、そこらで野垂れ死になさい!!!」




