#13.
「……」
弾かれたように飛び起きたパメラは、両目をぱちくりとさせた。かなり懐かしい夢を見たような気がする。それも、夢の中でだけでもいいからもう一度見たいと願っていた記憶だ。
ただ。
「いいところだったのに。あぁ、なんでよりによって今目が覚めちゃうのよ」
パメラはため息を吐きながら、髪をめちゃくちゃにかきむしった。どうせ夢を見るなら、その先まで見せてくれればいいものを。
(もう一度見たいんだけどな。あの人の顔)
ぼんやりと天井を見つめていたパメラは、もう一度眠れば彼に会えるのではないかと思い、そっと目を閉じた。しかし、まぶたの裏に映るのは、色褪せた古い記憶の残像だけだった。
それでも、夢の余韻のおかげだろうか、以前とは違って随分と鮮明に記憶が蘇ってきた。
『お嬢ちゃん! 怪我はないかい?』
「確かに、そう言っていたわね」
一瞬にして魔物が屠られ、背の高い男が自分をひょいと抱き上げて視線を合わせた。赤みの混じった琥珀色の瞳いっぱいに心配の念を浮かべ、自分に声をかけてくれたことを覚えている。
今のパメラからは考えられない姿だが、当時のパメラはまだ世間の荒波に揉まれる前の幼い子供に過ぎない。
そのため、状況が掴めずに呆然としていたのだ。迷惑をかけてはいけないと思い、慌てて首を縦に振ったっけ。
パメラが無事であることを察した勇者は、安堵の微笑みを浮かべ、乱れた彼女の髪を優しく撫で上げてくれたような気がする。
『良かった。近くの町の子かい? この一帯は既に魔王の影響下にあるから、入ってきては駄目だよ』
魔王が復活したという言葉にパニックに陥ったパメラは、勇者にまともな礼も言えないまま、命からがら町へとひた走り、この事実を知らせた。
魔物の国と隣接していた町だったため、以前から備えをしていたのだろうか。
魔王が復活したという事実に、大半の住人が町を捨てて移住を始めた。残ったのは、魔王討伐のために町を訪れるであろう『勇者』たちのために、自発的に残留した商人らの一部だけだった。
師匠はパメラに避難を勧告した。しかしパメラは、自分を救ってくれた灰色の髪の勇者にどうしてももう一度会いたかったため、それを拒んだのだ。
パメラがいた町は魔王城へと向かう要衝の一つだったため、師匠と共に町に留まり、数多くの勇者たちを目にした。ギリギリの瞬間まで残り続け、最終的に魔物の猛攻に耐えきれなくなって避難したのだった。
「二度と悪いことは考えないから、世界を救ってほしいって祈ったのは、あの頃だったかしら」
パメラは頬杖をつきながら物思いに耽った。
師匠と共に魔王城とは真逆の避難路を歩いていると、「どうせこうなったのなら自立してしまいなさい」と、師匠はパメラを放り出して一人で旅に出てしまった。
その頃には既にパメラも自立を終えていたため、貯めた金を携えて比較的安全な国境地帯へと向かうことになったのだ。
過去の記憶を遡っていたパメラは、妙に引っかかる古い記憶を反芻しながら腕組みをした。
今までは勇者の顔がよく思い出せず、彼が灰色の髪をしていたということだけを認識していた。けれど。
(あの勇者、なんだか……)
短い灰色の髪と、赤みの混じった琥珀色の瞳のせいだろうか。どういうわけか、その勇者はパメラの家の階下で店番をしている穀潰しと、似たような雰囲気を醸し出していた。
何よりも、彼女を抱き上げたときの目線の高さ。
冒険者は総じて体格が良い方だし、パメラは成人女性の平均よりも少し小柄なため、冒険者が抱き上げれば子供のようにひょいと持ち上げられるだろう。
しかし、一度似ていると思ってしまうと、ベインのあらゆる要素が、あの日の勇者を連상させて仕方がなかった。
それだけではない。ベインはろくでなしのおっさんだが、その実力だけは本物だ。むしろ実力が高すぎるがゆえに、ろくでもない存在になってしまっている部分もあるのではないか。薬草畑を焦土と化したり。
もちろん、たったその程度で勇者と呼べるわけではない。
しかし、容姿、体格、声、そこに実力まで加わるとなると、かなり信憑性のある仮説が成り立ち始めていた。
(待って、そういえば名前も似ているじゃない?)
ベインがあまりにもろくでなしのおっさんだったため、気づかなかった。もちろん、これはパメラの記憶違いという可能性もある。
四年前、たった一度だけ見た人間の顔を鮮明に覚えているなど不可能に近いのだから、近くにいる誰かの顔が上書きされてしまったのかもしれない。
ただ、気のせいだと片付けるには、どうしても釈然としない部分も残っていた。パメラは真剣な表情を浮かべて呟いた。
「……もしかして双子かしら? それとも血縁者?」
かなり筋の通った仮説だ。双子なら容姿が似ているのも当然だし、能力値が近いのも当たり前だからだ。ええ、これよ。
これが正解だわ。あの穀潰しが勇者であるはずがないのだから、これが確実な答えに違いない。
パメラは胸のつかえが取れたような心地になり、再びベッドへと身を横たえた。
「勇者の血縁者だなんて。大層なことねぇ」
彼が勇者の身内なら、国を救った偉人の血縁としてもう少し良い待遇を……いや、待遇など知るものか。
パメラは今でも、十分すぎるほどの待遇をあの穀潰しに与えてやっている。むしろいつか勇者様に会うことがあれば、穀潰しを世話した分の費用を請求してやりたいくらいなのだ。
「そういえば、勇者パーティはどうなったのかしら?」
王城で盛大な褒賞を受け取ったという話は、風の噂で耳にした。この国には王女がいないから、公爵家の令嬢でも下賜されたのだろうか。
それとも、恋人同士だと噂されていた勇者パーティの魔法使いと婚姻を結んだのかしら。
何にせよ、パメラには関係のないことだろう。肩をすくめたパメラは、少しずつ傾き始めた太陽を見つめ、ハッと弾かれたように飛び起きた。いや、ちょっと待って。
「こんなことを考えている場合じゃなかったわ」
なんてこと、丸一日ベインに店を任せきりにしてしまった。これは不穏な兆候だ。パメラは慌てて部屋を飛び出し、店へと向かった。
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