#11.
昨日採取してきた素材を丹念に整理したあと、手際よく調剤を始める。
低級の回復薬や湿布の類いは、実は材料さえあれば誰でも作れるほど調合手順自体は極めて単純だ。そのため、一つずつ作るのにそれほど長い時間はかからない。
しかし、予備の在庫まで作っておかなければならなかったため、思いのほか時間を取られてしまった。
「開店まで……あと二時間くらいかしら?」
思った以上に時間が逼迫している。「もっと早く起きるべきだったわ」とため息をつきながらも、パメラは空いた時間を見つけては除湿剤を作り、最大限効率的に時間を活用した。
しばらく一心不乱に商品を作っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「パメラ。入ってもいいかい?」
「少々お待ちください」
さっきの事件を経て、『ノック』という言葉を完璧に理解したのかしら。感心だわ。パメラが満足げに微笑みながら扉を開けると、そこには巨体を小さく丸めたベインが立っていた。
ベインがこのような状態の時は、二つのケースがある。
一つは、何かやらかしてパメラに謝罪しに来る時。
もう一つは、パメラの機嫌を損ねて謝罪しに来る時。
(あの短い間に、一体何をしたのかしら)
パメラが彼をじっと見上げると、ベインはおずおずと口を開いた。
「あのさ、パメラ。商品はもう作り終えたかい?」
「ええ。あとは小分けにするだけです」
パメラの返答に、ベインの表情がパッと明るくなった。
「本当? それならまだ時間の余裕があるよね? 俺がすぐに食べ物を買ってくるから、小分けにしておいて」
食べ物を買ってくるですって? どこで買ってくるつもりかしら? いや、それよりも……。
「ベイン。貴方、料理をしてくれると言いましたよね? 貴方の料理はどこへ行って、外食という選択肢が出てきたのですか?」
「あ、いや……久しぶりに作ったもんだから……」
「作ったから、何ですか?」
「味が……なくて……俺がどこかで買ってくるから、待っててくれるかい?」
ベインの言葉に、パメラは呆れて目をぐるりと一周させた。
「どれほど味がしないのですか?」
「ええと、それは……」
「食べ物を残すものではありませんよ。この世界には、一食が食べられなくて命を落とす人もいることをご存じないのですか?」
「俺が全部食べるから心配しないで。パメラには美味しいものを……パメラ?」
ベインの言葉を右から左へと聞き流したパメラは、足早に厨房へと向かった。
ベインは彼女を制止しようとしたが、「触ったらタダじゃおかない」と言わんばかりの彼女の視線に押され、どうしても止めることができなかった。
厨房に入る前から、不穏な空気は漂っていた。まず、あたりに漂う匂いからして何と言い表すべきか……とにかく凄まじいものだったからだ。
けれど意外なことに、器に盛られた料理そのものはそれなりに見栄えがした。
もちろん、生焼けの部分も焦げている部分もあったが、予想していたよりは酷くなかったと言うべきか。
パメラは、惨事になる一歩手前の料理たちを見つめたあと、食べやすいように取り分けて席についた。
「いただきます」
「待って。パメラ? 俺が全部食べるって言ったのに」
「ベイン。味の有無を決めるのは貴方ではなく私です。だから、座って」
パメラがフォークを手に目を吊り上げると、ベインは躊躇しながらも慎重に席についた。パメラはためらうことなく、彼の作った料理にフォークを伸ばした。
パメラが黙々と料理を口に運んでいると、フォークを握ったベインが尋ねた。
「パメラ……無理して食べなくてもいいんだよ」
「無理なんてしていません。十分に食べられますよ」
実際、ベインの作った料理は不味かった。生焼けで、焦げていて、味付けもまともになされていないため、これが何の料理なのか判別することすら難しい。
だが、口にできないほどかと言われれば、そんなことはない。
生焼けの料理は生焼けでも問題ないし、焦げた部分は適当に切り落として食べればいい。
味が薄かろうが、喉の奥へと流し込めるのであれば、それは食べられる立派な食事なのだ。
何よりも……。
「パメラ。もしかして味覚がないのかい?」
「貴方、今までに私が作った料理がどうだったか覚えていないのですか? 味覚がなくてあの味が出せると思いますか?」
「じゃあ、どうして食べられるんだ?」
「貴方が作ってくれたからですよ。誰かが私のために用意してくれた料理は、それ自体が幸せの味がしますもの。ありがとうございます、ベイン。美味しいですよ」
パメラが微笑みながら答えると、ベインは呆然とした表情で彼女を見つめた。何か言いたげに小刻みに震えていた彼の唇は、結局最後まで言葉を紡ぐことなく、固く閉ざされた。
パメラは彼の返答を待つことなく、用意された食事を綺麗に平らげ、席から立ち上がった。
「ごちそうさまでした。それでは、私は残りの仕上げをしてきますね。ベインは……」
「皿洗いのあとに掃除をしておくよ。商品の陳列は俺に任せて、パメラはもう一眠りしなよ」
「いいえ。十分寝ました。ベインは商品の販売すらまともにできないじゃないですか」
「できるよ。今日は必ずルールを守って販売するから、心配しないで休んで」
言い終えたベインは、パメラが口を挟む隙も与えずに彼女を抱き上げると、調剤室へと連れていった。
ここまで言うのなら、一度くらいは信じてみようかしら。
(まあ、ちょうど調べてみたいこともあったしね)
頭の中で、すべきこととやりたいことに対する計算を巡らせていたパメラは、淡々と頷いた。
「分かりました。では、お任せします」
自分を信じてくれたことが嬉しいのか、ベインはパメラを調剤室へ送り届けたあと、すぐに仕事をしに飛び出していった。
無能な穀潰しが少しは役に立つようになった、と密かにほくそ笑んでいたパメラは、すぐに大量に製造した商品を小分けにし始めた。
手早く作業を終え、ベインに陳列を任せて自分の部屋へと戻った彼女は、部屋の一角にある本棚へと向かい、酷く分厚く、うっすらと埃の積もった図鑑を一つ取り出した。
人間に発見された魔物がすべて記録されているその図鑑は、魔物の生息地や生態まで簡潔に記された、世界に数冊とない貴重な書籍であり、師匠の愛読書でもあった。
パメラは植物型の魔物図鑑を素早くめくっていった。
この村は、魔王城とは正反対に位置する国境沿いの小さな田舎村だ。森からは時折魔物が飛び出してくるが、これまで植物型の魔物は見たこともない。
動物型であれば、偶然群れから はぐれた 個体ということもあり得るが、植物型の魔物は自力で生息地から抜け出すことが不可能なのだ。
それに加えて、昨日目撃したあの魔物。
あれは……。
「見つけたわ」
パメラは昨日見た魔物の情報が記されたページを、静かに読み進めた。
【吸血の黒蔓】
個体ランク:B+
生息地:カマリード北東部
吸血の黒蔓は、温かい血を持つ生命体を吸収し、軍落を形成する代表的な植物型魔物である。暑さに極めて弱いため、カマリードの北東部にのみ生息することができ……。
「……」
南西に位置するこの国境地帯に、北東の魔物が現れるなど、常識的にはあり得ないことだ。
それにもかかわらず、その事態が起きた。
パメラはこれまでの人生で、たった一度だけ。
これと全く同じ経験をしたことがあった。
「……嫌な予感がするわね。クソ神め、今度は何が問題だって言うのよ?」
それは四年前。
魔王が復活した時のことだった。




