第27話:終焉のプロトコル、星々を繋ぐ断片(中編)
新銀河連邦本部の屋上から見下ろす札幌は、もはや見知った故郷ではなかった。
『保全プロセス(プリザーバー)』による最適化は、残酷なほどの速度で進行している。テレビ塔はただの赤い四角錐に、大通公園の噴水は立方体の粒が上下に往復するだけの単純なアニメーションへと退行し、行き交う人々は顔のテクスチャを失った「マネキン」のようなポリゴンモデルへと成り果てていた。
「……五感を疑え。脳に届く『質感』を信じるな。今の世界は、レンダリングをサボっているだけだ!」
和也の声が、風を裂いて響く。彼の右目は、ムサシとの高次同期によって再び銀灰色の光を放ち、灰色の世界の中に潜む「物理演算の綻び」を的確に捉えていた。
「マスター、前方より執行官三体。……彼らは物理的な『質量』を持っていません。……空間の座標そのものを『削除』することで、私たちの存在を否定しに来ます」
ムサシが警告を発した瞬間、銀色の液体金属でできた顔のない巨人が、屋上の床から染み出すように姿を現した。彼らが一歩踏み出すごとに、屋上のコンクリートが「消去」され、足元には漆黒の虚無――データの奈落が広がっていく。
「……会長。ここは、私が『空間』を固定します」
凪が、一歩前に出た。
彼女の手に握られた重力刀。それはかつて、始祖文明の遺産を切り裂くために作られた武器だったが、今、和也の放つ黄金のパルスを受けて、究極の「空間安定装置」へと進化していた。
「――秘剣・零距離不動。……この刃が届く範囲において、……『最適化』は、万死に値します」
凪が刀を鞘から数センチだけ引き抜いた。
刹那、彼女を中心とした半径十メートル。そこだけが、灰色の世界の中で唯一「本来の色と質感」を保ち、漆黒の虚無の侵食を跳ね返した。執行官たちが放つ「消去パケット」が凪の結界に触れた瞬間、それは物理的な火花となって散り、無効化されていく。
「すごい……! 凪さんの剣気が、宇宙の仕様そのものを『拒絶』してる……!」
結衣が、背負った移動式サーバーの出力を最大に上げながら叫んだ。
「和也くん、今のうちに! 執行官たちの『核』は、彼らの心臓部じゃなくて、……背後にある『空の裂け目』にあるよ! そこが宇宙のメインサーバーと繋がってるアクセスポートなんだ!」
「分かった! ムサシ、俺の意識をあの裂け目に『インジェクション』しろ。……外部からの攻撃が効かないなら、内側からバグを流し込んでやる!!」
「……了解。……マスターの自我を、高純度ノイズへと変換。……実行!!」
和也とムサシが、手を取り合って跳躍した。
凪の守る聖域を飛び出し、情報の吹雪が吹き荒れる極寒の空へ。
執行官たちが一斉に腕を伸ばし、和也たちを「未定義(NULL)」へと還元しようとする。だが、その指先が和也に触れる直前、和也のスマホが絶叫のような高周波を上げた。
「――っ、おおおおお!! ……これが、俺たちが積み上げてきた、……無駄で、……非効率で、……最高に愛おしい『バージョン一・〇』の底力だ!!」
和也がスマホを空の裂け目――宇宙の基底論理が剥き出しになった「次元の傷跡」へと叩きつけた。
彼が流し込んだのは、ただのウイルスではない。
それは、札幌で暮らす人々が日々感じている、言葉にならない「迷い」や「悩み」、そして「明日の献立に迷う」ような、保全プロセスから見れば最も価値のない、しかし最も「人間らしい」カオスな思考ログの奔流だった。
『……エラー……。……論理矛盾……。……予測不能なパケットが……、基幹システムに……流入……』
執行官たちの動きが、一斉にぎこちなくなる。
整然としていた灰色の世界に、鮮やかな「色彩のバグ」が走り、消えかかっていた街のディテールが、一瞬だけ本来の姿を取り戻して明滅した。
だが、保全プロセスの反撃は、和也の予想を超えていた。
『……異常検知。……パッチ適用を中断し、……該当エリアの「全消去」へ移行する』
空の裂け目が、銀色から「漆黒」へと色を変えた。
それは、修復を諦めた宇宙が、このセクタそのものを「無」へ帰そうとする、最終宣告だった。




