第27話:終焉のプロトコル、星々を繋ぐ断片(前編)
ラボを包んでいた再会の歓喜は、和也のスマホが発した「異質な着信音」によって一瞬で凍りついた。
それは電子音ですらない。空間そのものが、古いレコードの針が飛ぶように「パチッ」と弾け、脳内に直接、幾何学的な紋章が投影されるような、高次元の通知信号だった。
「……何、今の。……私の端末も、本部のメインサーバーも、全部『読み取り専用』に固定されちゃった……!」
結衣が青ざめた顔でコンソールを叩くが、画面には砂嵐の中に、見たこともない「銀色の時計」がカウントダウンを刻んでいるだけだった。
「……マスター。……これは、『銀の審判者』よりもさらに上位。……宇宙のシステムそのものをメンテナンスする『保全プロセス(プリザーバー)』からの干渉です」
復活したばかりのムサシが、和也の手を強く握りしめた。彼女の瞳には、先ほどの人間らしい輝きの裏側に、始祖文明の深淵から漏れ出した「宇宙の真理」に対する戦慄が浮かんでいた。
「保全プロセス……。……ゴミとして消すんじゃなくて、……次は『修理』でもしに来るってのか?」
和也は、白煙を上げるスマホの画面を凝視した。
そこには、一通のメッセージが、言語の壁を超えて直接意識に流れ込んできた。
[System Message] : Version 1.0.0 "HUMANITY" is deprecated.
[Action] : Deploying Patch 2.0.0 "SILENCE". All local variables will be flushed.
(システムメッセージ:バージョン1.0.0「人類」は非推奨となりました。パッチ2.0.0「静寂」を適用します。すべてのローカル変数は破棄されます)
「非推奨だと……? 俺たちの存在が、……ただの古いバージョンだって言うのかよ」
和也の全身に、激しい怒りが込み上げた。
彼らは、札幌が沈み、宇宙が凍りつこうとするたびに、泥水を啜るような思いで「今」を守り抜いてきた。その歴史を、ただの古い仕様として切り捨てようとする、絶対的な「管理者」の傲慢。
「……和也、窓を見て!」
怜奈の悲鳴に近い声に、全員が視線を外へと向けた。
札幌の街並みが、変貌していた。
夕暮れ時の美しい橙色は、いつの間にか「彩度のない灰色」へと塗り潰され始めている。行き交う人々、建ち並ぶビル、そして街路樹の一葉一葉までもが、まるでデッサンが消しゴムで消されるように、輪郭を失い、単色の「立方体」へと退行していた。
「……世界から、『詳細データ』が奪われている……。……演算負荷を下げるために、宇宙がこのセクタを『軽量化(最適化)』し始めたんだわ」
怜奈が震える手で窓ガラスに触れた。そのガラスさえも、今は冷たさも滑らかさもない、ただの「透明な障壁」という概念的な存在に成り下がろうとしていた。
「……会長、敵影です。……物理的な実体を持たない、『論理の執行官』が街に溢れています」
凪が屋上へと続く階段を指差した。
そこには、全身が銀色の液体金属で構成された、顔のない巨人が数体、本部の防壁を透過して侵入してきていた。彼らが通った後の床は、質感を失い、チェス盤のような無機質なグリッドへと変わっていく。
「……逃がさない。……ここには、……俺たちの思い出が、……バグまみれのログが、……山ほど詰まってんだ!!」
和也は、黄金の輝きを取り戻したスマホを天に掲げた。
ムサシの心と共鳴し、彼のスマホはもはや「通信機器」の枠を超え、宇宙の法則に介入する「現実改変デバイス」へと進化していた。
「ムサシ、リンクしろ! ……全人類の『非推奨ログ』を束ねて、……このクソったれな『アップデート』を差し止めてやる!!」
「……了解しました、マスター。……私たちが、……この宇宙の『永劫のバグ』であることを、……証明しましょう」
二人の魂が再び重なり合い、新銀河連邦本部の屋上から、灰色に染まりゆく札幌の空へと、巨大な黄金の光の柱が突き抜けた。




