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『銀河遺産の管理人(システム・アドミ) 〜拾った宇宙船AIのオーバーテクノロジーで、枯れ果てた日本を世界最強の技術国家へ作り替える〜』  作者: seri


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第24話:不確定性のカノン、浸食されるリアリティ(前編)

札幌の春は、いつも唐突に訪れる。

 『銀の審判者』が銀色の砂となって消えてから数日が過ぎ、新銀河連邦本部の周辺では、雪解け水がアスファルトを濡らす音が心地よく響いていた。


佐藤和也は、本部の自室で一杯のコーヒーを啜っていた。

 記憶の断片は、割れた鏡を繋ぎ合わせるように、少しずつ、しかし不規則に戻り始めていた。怜奈と初めて出会った時の胸の高鳴り、ブラック企業で泥のように働いていた時の絶望、そして札幌を地下へ沈める決断をした時の、あの指先の震え。


「……完全じゃない。だが、俺は確かに『ここにいた』んだな」


和也は、机の上に置かれた新しいスマートフォンに指を触れた。前の端末は審判者との決戦で文字通り焼き切れたが、ムサシと結衣の手によって、かつての機能を維持したまま、より強固な「論理防壁」を備えたモデルへと新調されていた。


「マスター。コーヒーの温度が最適解から一・五度低下しています。……再加熱を推奨します」


影から現れたムサシが、無表情に、しかしどこか親密な距離感で告げる。

 再起動後の彼女は、以前よりも「感情」の処理能力が向上していた。同時に、和也が彼女のデータをその身に宿した副作用で、二人の間には言葉を介さない「量子的な同期」が常態化していた。和也が「暑い」と思えば、ムサシが空調を操作し、ムサシが「不安」を感じれば、和也の胸が微かにざわつく。


「……いいよ、このくらいの苦味が今はちょうどいい。……それよりムサシ、地上の『ノイズ』の状況はどうだ?」


「……表面上は沈静化しています。ですが、不可解な報告が入っています。……札幌の一部区画で、『物質の定義』が不安定になっている形跡があります」


ムサシが空間にホログラムを投影した。

 そこには、大通公園の一角にあるベンチの映像が映し出されていた。一見、何の変哲もない公園の風景。だが、高倍率のデジタル・フィルタを通すと、そのベンチに座っている老人の輪郭が、時折「木目調のテクスチャ」から「コンクリートの質感」へと、一瞬だけ入れ替わっているのが見て取れた。


「……テクスチャの誤参照ミス・レファレンス? 物理世界で、そんなことが起きるのか」


「……審判者が崩壊した際、この惑星の『基底仕様書』に致命的な文字化けが生じた可能性があります。……今、地球は、自分が『何でできているか』を、少しずつ忘れ始めているのかもしれません」


和也はコーヒーカップを置いた。

 記憶を失う恐怖を誰よりも知っている和也にとって、その現象は他人事とは思えなかった。世界そのものが「認知症」にかかっているような、薄気味悪い感覚。


「和也くん、ムサシさん! 今いいかな!?」


ドアを勢いよく開けて、結衣が飛び込んできた。彼女の背後には、険しい表情の怜奈と、すでに臨戦態勢の凪が控えている。


「結衣、どうした。……またノイズ人形か?」


「……もっと、もっとタチが悪いよ! ……見て、これ。……如月重工の気象観測データが、完全に『狂ってる』んだ!」


結衣が差し出したタブレットには、札幌の気圧、温度、湿度のグラフが表示されていた。

 それらは、波形ウェーブではなく、階段状の「デジタル値」として推移していた。温度が一〇度から一一度に上がる際、その中間の「一〇・五度」が存在せず、瞬間的に数値が飛び移っている。


「……アナログの連続性が失われている? ……世界が、完全に『量子化デジタル』され始めているっていうのか……?」


怜奈が和也の隣に座り、震える手でそのグラフをなぞった。


「和也、これって……私たちが審判者を倒すために放ったパッチが、原因なの? ……私たちが、世界を『壊して』しまったの?」


怜奈の瞳に、隠しきれない不安が宿る。

 彼女は誰よりも札幌を愛し、その現実を守るために戦ってきた。その結果が、世界のことわりの崩壊であるならば、それは彼女にとって死よりも重い代償だった。


「……いや。俺たちは間違っちゃいない。……ただ、OSを大幅にアップデートした後に、ドライバの不整合が出るのはよくあることだ。……だったら、やることは一つだろ」


和也は立ち上がり、コートを羽織った。

 彼の瞳には、かつてのデバッガーとしての冷徹な意志と、仲間を守りたいという熱い情熱が、絶妙なバランスで共存していた。


「不整合があるなら、俺たちが手作業で『修正』して回るだけだ。……全宇宙の仕様を敵に回して勝ったんだ。……地球一軒ぶんの不具合くらい、なんてことねえよ」


和也の言葉に、結衣と凪が力強く頷き、怜奈もようやく微笑みを取り戻した。

 

 しかし、一行が部屋を出ようとしたその瞬間。

 和也の視界が、一瞬だけ「ワイヤーフレーム」に変わった。

 自分の手が、透き通った青いラインで構成された幾何学的なオブジェクトに見える。


(……俺自身も、……『バグ』の一部になり始めているのか……?)


和也は誰にも気づかれないよう、その手を強く握りしめ、闇に沈みつつある札幌の街へと駆け出した。

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