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『銀河遺産の管理人(システム・アドミ) 〜拾った宇宙船AIのオーバーテクノロジーで、枯れ果てた日本を世界最強の技術国家へ作り替える〜』  作者: seri


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第21話:リビルド・マイ・ライフ、空白のログ(前編)

世界が、あまりにも静かだった。

 新銀河連邦本部の医務室。柔らかな朝陽が差し込む部屋で、佐藤和也は白く清潔なシーツの感触を確かめるように、ゆっくりと指を動かした。


鏡に映る自分を見ても、それが「自分」であるという確信が持てない。

 名前は、カズヤ。職業は、エンジニア。

 頭の中に残っているのは、そんな断片的な属性情報と、複雑な論理回路の構築ルールだけだった。誰と共に笑い、誰のために命を懸けたのか。それを象徴する大切な「エピソード記憶」だけが、まるで精密にフォーマットされたハードディスクのように、綺麗さっぱり消え去っていた。


「……おはよう、和也。……今日の体調はどう?」


扉が開くと、一人の女性が入ってきた。

 如月怜奈。

 彼女がこの部屋に入ってくるたびに、和也の胸の奥が不自然なほど激しく脈動する。論理的には説明のつかない、肉体が覚えている「親愛」の反応。


「おはよう。……体は、問題ないと思う。……ただ、まだ『佐藤和也』というユーザー名に、権限が追いついていない感覚だ」


和也が不器用に答えると、怜奈は一瞬だけ悲しげに瞳を伏せた。しかし、彼女はすぐに凛とした微笑みを浮かべ、和也の枕元にトレイを置いた。


「ふふ、そんな言い方、やっぱり記憶がなくてもエンジニアね。……はい、これ。結衣が『和也くんの好物だから』って、朝からキッチンで奮闘してたわよ。……少し、形は不格好だけど」


差し出されたのは、湯気を立てるおにぎりと、札幌名物のザンギだった。

 一口運ぶと、どこか懐かしい味が口の中に広がる。記憶にはないはずなのに、目頭が熱くなるような、不思議な充足感。


「……おいしい。……なんだろうな。この味、俺の『仕様』に完璧に合致してる気がする」


「……そう。よかった」


怜奈は、和也の髪をそっと撫でた。

 彼女は、和也が自分を忘れてしまったという絶望を、誰よりも深く噛み締めていた。しかし、同時に彼女は誓っていた。彼が救ってくれたこの日常を、今度は自分が守り抜くと。如月重工のトップとしてではなく、一人のパートナーとして、彼の空白のログを、また一から埋めていくのだと。


しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。

 部屋に、切羽詰まった足音が響く。


「和也くん! 怜奈さん! ……大変だよ、本部のメインサーバーに……『身に覚えのないログ』が勝手に生成され続けてるの!」


結衣が、目に隈を作ったまま、端末を抱きかかえて飛び込んできた。

 彼女のゴーグルには、異常な速度で流れる赤いエラーメッセージが映し出されている。


「結衣、落ち着きなさい。……和也はまだ安静が必要なのよ」


「……わかってる! わかってるけど……これを見て! ……これは、ムサシさんが残した『残骸ガベージ』じゃない。……もっと外側、宇宙のさらに深い場所から届いてる……『呼び出し(コール)』なんだ!」


結衣が投影したホログラムには、漆黒の宇宙のさらに外側、第18話で閉じたはずの「虚無の門」の残滓から、細い糸のような通信が地球に向かって伸びている様子が映し出されていた。


「……虚無は、まだ死んでいなかったのか?」


和也の声が、いつになく鋭さを帯びた。

 記憶を失っても、危機に対する嗅覚だけは研ぎ澄まされていた。


「……いいえ。門は閉じています。……ですが、門を閉じる際に生じた『論理の歪み』が、地上の始祖文明遺産を媒介にして、新しい『バグ』を生み出し始めているようです」


背後から、影のように凪が現れた。

 彼女の包帯を巻いた腕は痛々しいが、その瞳に宿る忠義の光は、以前にも増して純度を高めている。


「……会長。……失われた記憶の代わりに、私が貴方の『目』となり『剣』となります。……命令を。……たとえ貴方が私を忘れても、私の刃は貴方の意志に従います」


和也は、自分を囲む三人の女性たちを、一人ずつ見つめた。

 

 記憶はない。

 だが、彼女たちが発する熱量、そしてこの世界に漂う「修復すべきエラー」の匂いが、和也の魂を強制的に再起動リブートさせていく。


「……わかった。……『佐藤和也』の過去がどうだったかは知らない。……だが、目の前にバグがあるなら……それを直すのが、俺というシステムの義務だ」


和也は、ベッドサイドに置かれていた、画面の割れたままのスマホを手に取った。

 電源は入らない。

 しかし、彼がその画面に指を触れた瞬間、死んでいたはずの端末が、彼の「存在の波動」に共鳴し、青白い光を放ち始めた。


「……デバッグ、再開だ。……俺たちの『明日』に、不要な一行は一行も残さない」


記憶を失った最強のエンジニア。

 彼の「第二の人生」という名の、最も困難なパッチ適用作業が、今ここに幕を開けた。

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