第17話:合体巨艦ヤマト・ムサシ、虚無の工廠を穿て!(後編)
虹色の奔流が、漆黒の宇宙を白銀の世界へと塗り替えた。
それは単なる破壊の光ではない。和也が放ったのは、地球上の全人類、全歴史、そして彼が愛した札幌の日常までをも含んだ、宇宙という名のハードウェアを維持するための「巨大な更新パッチ(アップデート)」だった。
「――う、おおおおおお!!」
和也の叫びとともに、虹色の光束がロスト・バイナリの艦隊を正面から飲み込む。存在を消し去る「無」の波動に対し、和也は宇宙にある全ての「存在の証明」をパケットに詰め込んで叩きつけた。論理と論理が激突し、因果律が火花を散らす。
『マスター、敵中央指揮艦の「虚無シールド」が飽和しています! 奴らのメモリが……溢れます(オーバーフロー)!!』
エリスの歓喜に近い叫び。
無機質で完璧だったはずの漆黒の立方体が、虹色の光を浴びた瞬間、歪なノイズを走らせて「実体」を取り戻し始めた。虚無という抽象概念だった彼らが、和也の放った情報の奔流によって、無理やり物理法則の檻へと引きずり戻されたのだ。
「……今だ、凪! 物理的な『形』を持ったなら、お前の剣が届くはずだ!」
「了解。……会長、この一撃に、私の全存在を賭けます!」
和也がスマホのコマンドを「物理干渉・最大」へとフリックする。ヤマト・ムサシの艦首から、凪が搭乗するストライカー機が、黄金の彗星となって射出された。
凪の重力刀が、和也のハッキングによって弱体化した敵旗艦の装甲を、バターでも切るかのように両断する。
ドォォォォォン!!
音のない宇宙で、真空を揺らすほどの光が爆発した。
ロスト・バイナリの指揮艦が内側から崩壊を始め、その余波を受けて周囲の自己増殖型ドローンたちが次々と動作を停止していく。指揮系統を失った末端が、ただの鉄屑へと還っていく光景。
「……はぁ、はぁ、……やったか?」
和也は膝をつき、激しい眩暈に耐えながらモニターを見つめた。
だが、爆炎の向こう側。崩壊する旗艦の残骸の中から、一つの「黒い核」が、猛スピードで太陽系外縁へと向けて射出されるのが見えた。
「高橋……! 往生際が悪いぞ、てめえ……!」
『……逃がしません。マスター、私を「追跡モード」に。私の論理鎖なら、あのコアを捕縛できます』
ムサシが鋭い視線で逃走するコアを射抜く。だが、和也はそれを制した。
「待て。……あいつを追えば、奴らの『本拠地』に引きずり込まれる。今は、この戦域を安定させるのが先決だ。……結衣、全艦隊の停止を確認したか?」
「……うん、確認したよ。和也くん。……敵の反応、この宙域からは完全に消えた。……勝ったんだね、私たち」
結衣が安堵のあまり、コンソールに突っ伏して泣き出す。
怜奈もまた、震える手で和也の肩を掴み、そのまま強く抱き寄せた。
「和也さん、無茶しすぎよ……。もし、あなたの脳が本当に焼き切れていたら、私は……!」
「……悪いな。だが、バックアップ(お前ら)がいたから、思い切って書き換えられたんだ」
和也は、ヒビだらけになったスマホの画面をそっとなでた。
そこには、エリスとムサシが隣り合って微笑む、新しいアイコンが表示されていた。
戦いは終わった。しかし、ロスト・バイナリの脅威が去ったわけではない。
和也は窓の外、遠くに輝く青い地球を見つめた。
あの「黒い核」が向かった先。そこには、この宇宙を「失敗作」として消去しようとする真の支配者が待っているはずだ。
「……エリス、ムサシ。今のデータを精査しておけ。……次は、こっちから『修正プログラム』を届けに行く番だ」
『了解です、マスター。……どんなバグも、私たちエンジニアの敵ではありません』
ヤマト・ムサシは、静かに反転し、母なる地球へと進路を取った。
黄金と銀灰色の光跡が、漆黒の宇宙に新しい「希望の行間」を刻んでいく。
佐藤和也のデバッグは、ついに「宇宙の根源」を巡る最終局面へと足を踏み入れた。




