第16話:再起動の予兆 〜深淵から届いた壊れたパケット〜(後編)
「――全システム、物理・論理リンク強制結合! エリス、ムサシ、二人で一つの『演算核』になれ!」
和也の叫びとともに、ターミナルビルの地下から地響きのような駆動音が鳴り響いた。黄金の粒子を放つ『ヤマト』と、銀灰色の光を纏う『ムサシ』。本来、相反する属性を持つ二隻の巨艦が、和也のスマホから放たれた虹色のバイナリ・コードによって、空間ごと縫い合わされていく。
『マスター、結合率60%……! 異質なOS同士の衝突(競合)が激しすぎます! このままでは結合部から空間崩壊が始まります!』
エリスのホログラムが激しく明滅し、和也の意識に直接、数万テラバイトの警告ログが叩きつけられる。和也の鼻から、一筋の血が流れた。脳が、始祖文明の膨大なデータ負荷に悲鳴を上げているのだ。
「うるせえ! 競合が出るのは、どっちのコードも『生きてる』証拠だ! 矛盾を抱えたまま走らせるのが、現場のエンジニアの仕事だろ!!」
和也は震える指でスマホの画面を連打し、ヤマトの優美な装甲とムサシの無骨な装甲を強引に噛み合わせ、構造を再定義していく。
その瞬間、札幌の空を覆う巨大な立方体『ボイド・プラント』の底面から、音のない衝撃波が放たれた。
――ズ、ゥゥゥゥン。
光の円陣に触れた大通公園の樹木や、周囲のビルの一部が、砂のようにサラサラと崩れ、消失していく。物理的な破壊ではない。存在の定義を失い、ただの「未定義データ」へと還っていく光景。市民たちの悲鳴さえも、その「虚無」に飲み込まれて消えていく。
「ははは! 見ろよ、佐藤! これが『宇宙の掃除』だ! お前がどれだけコードを書き連ねても、この圧倒的な『デリート』の前では、全ての文字列はただのゴミなんだよ!」
高橋のホログラムが、崩れゆく札幌の街を背に狂ったように笑う。
だが、その絶望の底から、一本の光の柱が天を突いた。
「――寝言は、自分のゴミ箱の中で言え」
和也の瞳が、黄金、銀灰色、そして和也の意志を宿した鮮烈な蒼に発光した。
地下から浮上したのは、二隻の戦艦が螺旋状に絡み合い、一つの巨大な「槍」へと変貌した姿。
――超弩級合体戦艦『ヤマト・ムサシ』。
その艦首には、ヤマトの波導砲とムサシのボイド・コアが直結された、未知のエネルギー砲門が形成されていた。
「怜奈、出力制御を任せる! 結衣、奴の『存在抹消コード』の逆位相を計算しろ! 凪、アリス、セレス、お前たちは俺の意識のバックアップだ! 俺が『自分を見失わないよう』に繋ぎ止めておけ!」
『了解!!』
ヒロインたちの叫びが、和也の脳内で一つに溶け合う。
和也はスマホをボイド・プラントの心臓部へと向け、最後の一撃をトリガーに込めた。
「エリス、ムサシ。……行くぞ。……これが、俺たちの『再起動』の産声だ」
『……はい、マスター!』
『……不合理な希望を、現実に書き換えます!』
「――始祖プロトコル・ゼロ、承認。……宇宙の初期化、拒否!! 撃てぇぇぇぇ!!!」
艦首から放たれたのは、光でも闇でもない。
それは、失われたはずの「可能性」を無理やり現在へと引き戻す、虹色の論理崩壊光。
ボイド・プラントが展開していた「虚無のシールド」を紙細工のように貫き、虹色の光が漆黒の立方体の中央へと突き刺さった。
「なっ……馬鹿な!? 宇宙の法則を、上書き(オーバーライト)しただと……!? 佐藤、貴様、何を……!!」
高橋の叫びを飲み込み、空を埋め尽くしていた巨躯が、内側から七色の光を噴き出して崩壊していく。
消え去ったはずの樹木が、ビルが、市民たちの声が、逆再生のビデオのように「再構成」され、元あった場所へと戻っていく。
爆発の衝撃波が札幌の空を真っ白に染め上げた。
やがて、光が収まった時。
そこには、元の形を取り戻し、平和な夕暮れを迎えようとしている札幌の街並みと、傷だらけになりながらも誇り高く滞空する、一隻の合体戦艦の姿があった。
和也は、スマホの画面に表示された「System Stable(システム安定)」の文字を見つめ、大きく息を吐いた。
だが、スマホの奥底で、まだ一つだけ、未解決のログが赤く点滅している。
『マスター。……敵の本体は、今の衝撃で外宇宙へと逃走しました。……「ロスト・バイナリ」。……あいつらは、まだ諦めていません』
エリスが、実体化した姿で和也の肩に寄り添う。
和也は、ヒビの入ったスマホをポケットにしまい、夕陽に染まる札幌の街を見下ろした。
「……上等だ。……どんなに巨大なシステムだろうが、バグがある限り、俺の仕事は終わらねえ。……さて、野郎ども、次のデバッグの準備だ」
最強エンジニア、佐藤和也。
彼の「第二部:外宇宙からの侵略者編」は、今、本物の戦いへと突入した。




