第13話:見えない敵、札幌沈没のカウントダウン(後編)
「……くそ、地下の全ノードが『ボイド』に汚染されてるだと!?」
和也のスマホに表示された札幌市街のネットワークマップが、急速に漆黒へと塗り潰されていく。大通公園の雪像たちは、七色の輝きを失い、触れるもの全てを電子の塵に変える「死の彫刻」へと変貌していた。
「ははは! 佐藤、お前の『正解』なんて、この圧倒的な破壊の前では無力なんだよ! 街ごと消えちまえ!」
高橋が叫ぶと同時に、JRタワーの展望フロアが激しくひび割れ、虚無の霧が和也の足元まで迫る。宙に浮いたまま身動きの取れない凪が、必死に手を伸ばした。
「会長、逃げてください……! このままでは取り込まれる!」
「逃げるかよ。……エンジニアが、自分の書いたコードから逃げ出してどうすんだ」
和也は、あえてスマホをポケットに突っ込んだ。そして、実体化したエリスの肩に、そっと手を置く。
「エリス。お前の全演算領域を、俺に開放しろ。……『管理者権限』だ」
『マスター……!? それは、貴方の脳に直接、始祖文明の膨大なデータ負荷がかかります。人間としての精神が焼き切れる恐れが……!』
「いいからやれ。……お前と一緒に、この街を、そしてお前を作った連中の『後始末』をしてやるって決めたんだ」
エリスは一瞬、悲しげに目を伏せたが、すぐに覚悟を決めたように力強く頷いた。
『了解、マイ・マスター。……全システム直結。シンクロ率……400%を突破!』
ドォォォン!!
和也の周囲に、黄金の光の柱が立ち昇った。彼の瞳は蒼く発光し、世界が「数式の羅列」として見え始める。
JRタワー、札幌駅、そして地下に眠る始祖サーバー。その全ての構造、全ての脆弱性が、和也の脳内に直接ダウンロードされた。
「……高橋。お前のボイド、その中枢アルゴリズム……『孤独』だな」
「何だと……?」
「お前、一人でこれを作ったんじゃないだろ。……誰かに唆されたんだ。この黒いAIの根底にあるのは、お前の才能じゃない。……ただの『怨念』を増幅させるだけのゴミコードだ。……そんなもん、俺が1秒でリファクタリングしてやるよ」
和也が虚空に向かって指を弾いた。
瞬間、高橋の黒い霧が、物理的な重さを持った「黄金の鎖」へと上書きされ、逆に高橋自身を縛り上げた。
「なっ、馬鹿な! ボイドが制御不能に……!? 黒いAI、何をしてる! 応答しろ!」
『警告:未知の管理者が介入。……定義を……「破壊」から「再生」へ……強制変更……』
黒いAIのホログラムが激しくノイズを走らせ、霧散していく。
和也はさらに、地下のメインサーバーへ向けて「全域パッチ」を送信した。
「――全ノード、再起動。……雪は、ただの雪に戻れ」
大通公園を包んでいた黒い霧が、一瞬にして純白の輝きへと反転した。暴走していた雪像たちは、再び静かな彫刻へと戻り、夜空には和也が送り込んだ「浄化プログラム」による、見たこともないほど美しいオーロラが広がった。
「ぐっ……あああああ!」
足元の床が復元される衝撃で、高橋は地面に這いつくばった。黒いデバイスは火花を散らして沈黙する。
「……高橋。お前の負けだ。その『力』、二度と持てないように物理的に焼かせてもらった」
和也は、発光していた瞳を元に戻し、激しい眩暈に耐えながら高橋を見下ろした。
凪が自由を取り戻し、即座に高橋を拘束する。
「……殺せよ、佐藤。俺はまた、お前に負けたんだ……」
「殺さない。……お前には、これから俺の下で、この街の復興コードを一文字ずつ手打ちしてもらう。……お前が壊した分だけ、働いてもらうからな」
和也はそう言い残し、JRタワーの窓からヤマトを見上げた。
「……お疲れ、エリス。……助かった」
『……マスターこそ。……でも、無茶が過ぎます。後でしっかり「メンテナンス(お仕置き)」が必要ですね』
エリスが少し頬を膨らませて微笑む。
事件は解決した。だが、高橋を裏で操っていた存在の影が、和也の脳裏から消えることはなかった。
「和也くん! 大丈夫!? 今すぐ迎えに行くからね!」
結衣の通信が入り、ヤマトから救助艇が降りてくる。
札幌の雪まつりは、奇跡のようなオーロラと共に幕を閉じた。
最強エンジニア・佐藤和也。彼が次にデバッグすべき相手は、地球の深淵、あるいは銀河の果てに潜んでいる。




