第12話:凱旋、そして札幌の雪まつりをハックせよ!(中編)修正版
大通公園は、一瞬にして地獄絵図へと変貌を遂げた。
足元の地面が、まるで「読み込みエラー」を起こしたテクスチャのように、不規則なブロックノイズを放ちながら消失していく。人々はパニックに陥り、沈みゆく大地から逃れようと必死に駆け出すが、その逃げ道の先さえもが、高橋の放つ「消去命令」によって虚空へと変わっていく。
「……和也さん、危ないわ!」
怜奈の叫びと同時に、和也の足元のコンクリートが粉々に砕け散った。落下しかけた和也の身体を、間一髪で凪が抱え上げ、隣の街灯の台座へと飛び移る。
「……会長! お下がりください! 空間の密度が極めて不安定です。物理的な質量を持つものほど、この『虚無』に引きずり込まれます!」
凪が重力刀を抜き放ち、和也の前に立ちふさがる。彼女の剣が空を裂くと、不自然に浮遊し始めた瓦礫が火花を散らして粉砕された。それは物理的な破壊ではない。凪の剣に込められた「存在の重み」が、敵の「消去の意志」を力ずくで弾き返しているのだ。
「……凪、サンキュ。……ムサシ、お前の処理能力を俺に全開放しろ! 街の『地盤データ』を完全に書き換えられる前に、全市民の座標を安全な領域へ一時保存する!」
『……了解。マスター、私の論理回路を、貴方のスマホの拡張メモリーとして同期します。……ですが、今の処理負荷は、貴方の精神そのものを「オーバーフロー」させる恐れがあります。脳が焼き切れても……知りませんよ』
エプロンを脱ぎ捨て、黒い戦闘ドレスを纏ったムサシが、和也の背後からその細い手を重ねる。
瞬間、和也の脳内に、札幌全域――数百万人の「生命維持データ」が濁流となって流れ込んだ。
「……ぐ、あああああ!!」
和也の鼻から、一筋の血が流れる。
個人のスマホを端末に、都市一つの全データを管理し、崩壊する物理層から切り離す。それは、エンジニアという言葉を超えた、神への反逆にも等しい暴挙だった。だが、和也の瞳には、かつてブラック企業でバグだらけのシステムを死守した時以上の、狂気的なまでの執念が宿っていた。
「和也くん、頑張って! 私が今、高橋さんの『送信元』を逆探知して、この論理攻撃の出力を無理やり下げさせるから! ――エリスちゃん、バイナリ・デコードを頼むよ!」
結衣が地面に這いつくばりながら、端末を狂ったように叩く。彼女のゴーグルには、世界を溶かす漆黒のバイナリと、それを懸命に食い止めようとする和也の黄金のコードが、凄まじい速度で衝突し合う火花が映し出されていた。
「……佐藤、そんなに苦しいなら、いっそ諦めればいいのに。……この街はもう、宇宙の『ゴミ箱』に入ることが決定済み(コミット)なんだ。……足掻けば足掻くほど、消去の痛みが増すだけだぞ?」
巨大モニターの中の高橋が、憐れむような、しかしどこか悦びに満ちた声で囁く。
その言葉と同期するように、札幌の中心部、さっぽろテレビ塔の周囲の地面が、ついに巨大な口を開けた。
――ズ、ゥゥゥゥン……。
重厚な音が、街の底から響き渡る。
街そのものが「沈み」始めたのだ。それは比喩ではない。物理的な地滑りでもない。札幌という概念そのものが、現実のレイヤーから、一段下の「虚無」の層へと、物理法則を無視して滑り落ち始めたのだ。
「……沈没が、始まったわ……」
怜奈が、傾き始めたビルを見上げ、呆然と呟く。
逃げ場のない、白銀の絶望。和也たちは、沈みゆくこの街を、その腕一本で繋ぎ止めることができるのか。




