第12話:凱旋、そして札幌の雪まつりをハックせよ!(前編)修正版
札幌の夜空に、粉雪が舞っていた。
大通公園を埋め尽くすのは、一年に一度の祭典『さっぽろ雪まつり』を心待ちにしていた市民と観光客の、途切れることのない歓声だ。色とりどりの投光器が、闇夜の中に白銀の巨大な彫刻群を浮かび上がらせ、まるでお伽話の世界に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。
数時間前、すすきので察知したあの「不気味な高周波」の正体を突き止めるべく、和也たちはこの祭りの中心部へと足を踏み入れていた。エリスの解析によれば、外宇宙から届く「初期化パケット」の中継地点が、この会場のどこかに潜んでいる。
「……見て、和也さん。あのメイン雪像『始祖の箱舟』。……本当なら、平和の象徴として明日表彰されるはずだったのよ。如月重工の技術提供で、氷の中にホログラムを埋め込んだ自信作だったのに」
怜奈が、普段の冷徹な経営者としての顔を脱ぎ捨て、祈るように和也の袖を掴んだ。彼女にとって、この祭りは和也と過ごす初めての「本物の休日」の舞台だった。戦火を潜り抜け、ようやく手にしたこの平穏な景色を、彼女は何よりも愛おしく、そして壊されることを何よりも恐れていた。
「……ああ、壊させはしない。例え相手が宇宙の法則だろうとな」
和也は低く答え、懐のスマホを取り出した。画面には、雪像に投影されているプロジェクションマッピングの光ファイバー網を通じて、異常な「論理定数」が血管のように流し込まれている様子が可視化されている。
「エリス、ムサシ。ノイズの浸食率は?」
『マスター、深刻です。……これは単なる映像ジャックではありません。……「高周波論理ウィルス」が、雪像の結晶構造を媒介にして、周囲の空間そのものの「存在定義」を書き換えようとしています。……あと三〇〇秒で、臨界点に達します』
エリスの警告と同時に、会場の空気が一変した。
公園中央にそびえる、高さ一五メートルを超える大雪像。その表面が、不自然な紫色の光を放ちながら、ドロドロと溶け始めたのではない。雪の結晶そのものが「デジタル・ノイズ」へと変換され、砂のようにサラサラと崩れ落ち、地面へと吸い込まれていったのだ。
「……雪像が、消えた……?」
結衣が絶句する。
それだけではなかった。雪像が消えた後の地面が、底なしの暗黒の穴へと変化し、周囲のアスファルトや街灯を、まるでブラックホールのように無音で飲み込み始めた。
「――逃げろ! 全員、ここから離れろ!」
和也の怒号が響くが、パニックに陥った群衆の悲鳴にかき消される。
その時、会場の全スピーカーから、不快なハウリングと共に、あの耳障りな声が轟いた。メインステージの巨大モニターを埋め尽くしたのは、ノイズにまみれた高橋の歪んだ笑顔だ。
「……よう、佐藤。せっかくの祭りに水を差して悪いな。……だが、この『雪の城』をゴミ箱に放り込む感覚、最高にデバッグが進むと思わないか?」
「高橋……! 貴様、外宇宙の力を使ってまで、この街を壊したいのか!」
「壊す? 違うな、佐藤。……俺は『最適化』しているんだ。……無駄なデータ、無駄な感情、無駄な日常。……宇宙という巨大なサーバーを圧迫するそれらを、一括削除してやるんだよ!」
高橋が指を鳴らした瞬間、札幌全域を、これまでにないほど不気味な「地鳴り」が襲った。地震ではない。街の基盤そのものが「存在の定義」を失い、物理法則の檻から滑り落ちていく断末魔の叫びだった。
「……怜奈、本部へ戻れ! 結衣、会場の全プロジェクターを物理的に破壊してでも止めろ! 凪、ムサシ! 俺を中枢まで運べ。……この街の『デリート命令』、俺が今すぐ差し止めてやる!」
和也のスマホが、臨界点を超えた熱を放ち、黄金の光で夜空を染めた。
休日は終わった。
ここからは、街そのものを「ハック」して救い出す、命懸けのデバッグが始まる。




