第11話:新銀河連邦の休日(後編)修正版
ジンギスカン屋の店内に満ちていた賑やかな喧騒が、一瞬にして凍りついたように感じられた。
和也のポケットの中で、スマホがかつてないほどの熱を帯び、不気味な高周波を放ち続けている。その振動は、物理的な震えを超えて、和也の神経に直接「警告」を叩き込んでいるかのようだった。
「……みんな、悪い。どうやらデザートをゆっくり楽しむ時間はなさそうだ」
和也が低く短い声で告げると、先ほどまで赤ら顔で笑っていた怜奈が、瞬時に「経営者」の冷徹な顔に戻り、ジョッキを置いた。結衣もまた、甘えていた瞳を鋭く細め、懐から小型の超高速演算端末を取り出す。凪に至っては、箸を置く動作と同時に、その全身から一人の侵入者も許さない「最強の守護者」としての殺気を立ち昇らせていた。
『マスター、緊急解析完了。……この信号、先ほどの帝国軍の残党ではありません。……もっと古く、そして「空虚」なバイナリです。……太陽系外縁、冥王星付近の空間が、何者かによって強引に「初期化」され始めています』
和也の肩に浮かぶエリスのホログラムが、ノイズに激しく揺れる。その表情には、始祖AIとしての本能的な「恐怖」が滲んでいた。
「初期化だと……? せっかく俺たちが書き直した世界を、勝手に『なかったこと』にしようってのか」
和也は会計を済ませると、足早に店を出た。夜の帳が下り始めたすすきのの街。ネオンが輝き、人々が笑い合うこの景色が、和也には今にも「砂嵐」に変わって消えてしまう儚い映像のように見えた。
「和也さん、本部のメインサーバーに直結して! 私の如月重工の全通信衛星を、あなたの『目』として解放するわ。……何が来ようと、札幌の、私たちの日常を一文字だって消させはしない!」
怜奈が和也の隣を走りながら叫ぶ。彼女の声には、先ほどの照れ隠しのような弱さは一切なかった。和也に守られるだけの存在ではなく、共に戦う「共同経営者」としての強い自負。それが彼女を突き動かしていた。
「和也くん、私の端末も同期完了! ……うそ、何これ……。敵のパケット、論理構造が『逆さま』だよ。……触れるだけで、こっちのデータが吸い込まれていく……まるで、宇宙に空いた『ゴミ箱』みたい!」
結衣が走りながら操作する画面には、真っ黒なノイズが渦を巻いていた。彼女は恐怖に震えながらも、決してキーボードを叩く指を止めない。彼女にとって、和也と一緒に歩けるこの世界こそが、守るべき唯一のプログラムなのだから。
一行は新銀河連邦本部のブリッジへと駆け込んだ。
和也はメインコンソールにスマホを叩きつけるように接続し、全システムをオーバークロックさせる。
「――凪、ストライカー機の全機体を起動! 怜奈、札幌の『存在定義』をバックアップしろ、1ビットも落とすな! 結衣、奴らの『論理の穴』を探せ。どんな消しゴムにも、必ず『持ち手』があるはずだ!」
和也の怒号が響く。ブリッジの照明が黄金と銀灰色の光に切り替わり、ヤマトとムサシの融合炉が、休眠から目覚めた獣のように咆哮を上げた。
メインモニターに映し出されたのは、宇宙の深淵から迫り来る、星の光さえも吸い込む「漆黒の巨艦」。
「……あれが、休日の終わりを告げる客か」
和也は、血の滲む唇を噛み締めた。
休日は終わった。
だが、和也の胸には、先ほどまで感じていた「温かいジンギスカンの味」と、「笑い合った記憶」が、消えないログとして刻まれている。
「エンジニアを舐めるなよ。……一度保存した幸せは、誰にも上書きさせねえ!」
和也の指が、キーボードを光速で叩き始める。
黄金の光がブリッジを埋め尽くし、ヤマト・ムサシの艦首が、宇宙の深淵に向けて牙を剥いた。
第二部への序曲が、冬を越えた札幌の夜空に、激しく鳴り響いた。




