第11話:新銀河連邦の休日(前編)修正版
帝国との死闘が一段落し、札幌の空にようやく本物の「青」が戻ってきた。
薄氷を踏むような緊張感の中で、世界を救うためのコードを叩き続けていた数週間。佐藤和也にとって、それは数年分にも感じられる過酷な時間だった。
新銀河連邦本部の自室。和也は、始祖文明のナノマシン技術で構成された、最高級の「低反発・究極座椅子」に深く沈み込んでいた。
「……あー、動きたくない。一歩も動きたくないぞ。……エリス、悪いが俺の意識を一時的に『スリープモード』にしてくれ。このまま一万年くらい寝ていたい……」
和也が独り言のように呟くと、空中で光の粒子が収束し、銀髪の少女——エリスが姿を現した。彼女はいつもの軍用プロトコルではなく、どこか家庭的な雰囲気を感じさせる、柔らかな質感の白いワンピースを纏っている。
『マスター、それは却下です。……貴方の脳波を解析した結果、現在は「肉体的な疲労」よりも「精神的な解放」を求めていると判断しました。つまり、寝るよりも「遊ぶ」べきです』
エリスはそう言って、和也の鼻先に一枚のデジタル・ホログラムを突きつけた。そこには、怜奈や結衣、凪たちが連名で書き込んだ「休日スケジュール」が、凶悪なまでの密度で並んでいる。
「……何だこれ。大通公園で花見、すすきのでジンギスカン、夜は藻岩山で夜景……? 休息の定義が、俺の辞書と根本的に違う気がするんだが」
『ふふ、それは「愛されている」という名のバグですね、マスター』
エリスが少しだけ悪戯っぽく微笑む。彼女は実体化を維持したまま、和也の手をそっと引いた。
和也は、エリスの指先から伝わる微かな温もりを感じ、ふと考えた。以前の自分なら、こんな状況は「面倒くさいタスク」でしかなかったはずだ。ブラック企業の社畜だった頃の自分にとって、休日は死んだように眠るための「停滞」の時間だった。
だが、今は違う。
自分の隣で、プログラムであるはずの少女が、こんなにも楽しそうに笑っている。
自分が守った札幌の街が、窓の外で確かに「動いて」いる。
その事実が、和也の心に、これまで知らなかった「生の実感」という名の重みを、心地よく刻んでいた。
「……わかったよ。負けだ。……ただし、移動は徒歩か地下鉄にしてくれ。ヤマトで大通公園に乗り込むのだけは勘弁だぞ」
『了解です、マイ・マスター。……各員に「ターゲット、自室より出撃」と打電します』
一時間後。
大通公園の入り口に立った和也を待っていたのは、いつになく「女の子」らしい装いのヒロインたちだった。
「和也さん! 遅いじゃない! 私の時給がどれだけ高いか知っているの? 五分も待たせるなんて、万死に値するわよ!」
そう叫びながらも、怜奈の顔には隠しきれない喜びが溢れていた。彼女は普段のタイトなスーツを脱ぎ捨て、春らしいパステルカラーのトレンチコートに身を包んでいる。彼女にとって、和也との「何でもない外出」は、如月重工の全資産を統合するよりも価値のある、切実な悲願だった。
「ごめん、怜奈。……でも、その服、似合ってるな」
「……っ。……べ、別に、あなたに見せるために選んだわけじゃないわ。……たまたま、クローゼットの目立つ場所にあっただけよ」
怜奈は顔を真っ赤にして、プイと横を向いた。だが、その手はしっかりと、和也の右腕の袖を掴んでいる。彼女の心情は、今や「利害関係者」から「一人の恋する女性」へと完全にアップデートされていた。和也という存在が、自分をただの『跡取り娘』ではなく『如月怜奈』として見てくれる唯一の鏡であることを、彼女は痛いほど自覚していたのだ。
「和也くん! こっちこっち! 期間限定の『始祖文明コラボ・ソフトクリーム』、もう行列ができてるよ!」
結衣が、タブレットを操作するのも忘れて和也の左腕に抱きついた。彼女はショートパンツにゆったりとしたパーカーという、活動的なスタイルだ。彼女にとって、和也は暗い部屋でハッキングに明け暮れていた孤独な自分を、光の当たる場所へと連れ出してくれた「王子様」そのものだった。
「結衣、落ち着け。アイスは逃げないから。……凪はどうした?」
「……ここに。……会長、お守りします」
和也の背後、影のように控えていた凪が短く答えた。彼女は落ち着いた紺色のワンピースを着ているが、その腰元には、周囲の景色に溶け込ませた「重力刀」が隠されている。彼女にとっての「休日」とは、主君である和也に「敵のいない景色」を見せてあげること。そのために、彼女は静かな殺気を完全に消し、一人の少女として和也の隣を歩く努力をしていた。
札幌の春の陽光が、四人と一人の影を優しく照らし出す。
和也は、スマホの画面をそっと消した。
そこには、かつての自分なら真っ先にチェックしていた「システム稼働率」ではなく、今日という一日の「楽しさ」を予測する、エリスが仕込んだ遊び心満載のグラフが表示されていた。
「……さて。……今日は、デバッグのことは忘れるか」
和也は、自分の両腕を掴む二人の温もりと、背後を守る一人の信頼、そして隣を歩く一人のパートナーを感じながら、新しい「日常」という名の未知のフェーズへと一歩を踏




