第9話:銀河の門(ゲート)、開戦の狼煙(前編)
火星の衛星軌道上に、一隻の「化け物」が鎮座していた。
超弩級恒星間万能戦艦『ヤマト』。
始祖文明のクリスタル技術を、和也のエンジニアリングとエリスの演算能力で強引に統合したその船体は、周囲の空間を常に微細に歪め、光学迷彩なしでも肉眼では捉えきれない「神の陽炎」を纏っている。
「……信じられない。この大きさで、質量が『零』だなんて」
ヤマトのメイン・ブリッジ。中央の艦長席に座る和也の横で、怜奈がコンソールの数値を二度見した。
船体重量は重力制御によって完全に相殺され、機動力は戦闘機を遥かに凌駕する。もはや「宇宙船」という既存の概念は通用しない。
「和也くん! 木星の裏側、アステロイドベルトの出口に『穴』が開いたよ! 銀河帝国のワープアウト、来るよ!」
猫耳デバイスを最新の「始祖仕様」に更新した結衣が、弾むような声で叫んだ。
彼女の指が空中のホログラムを叩くと、木星の影から出現した「三隻」の軍艦が映し出された。
第6話で現れた審判艦とは異なる、戦闘に特化した鋭利な黒のフォルム。帝国の「辺境制圧艦隊」だ。
「……敵艦、三。距離、一光時。……会長、迎撃命令を」
凪が、ヤマトの全自動防衛システムを掌握しながら、鋭い視線をモニターに向ける。彼女の体には、始祖文明のナノマシンが適応され、反射速度はもはや生物の限界を超えていた。
「アリス、向こうの通信は傍受できるか?」
「ええ、もう済ませたわ。……『低文明惑星の異常進化を確認。原因となる特異点——和也、貴方のことね——を捕獲し、惑星ごと焼却せよ』。相変わらず、可愛げのない連中ね」
アリスが、軍服風にアレンジされた赤いドレスの裾を揺らしながら、妖艶に微笑んだ。
「エリス。……俺たちの『ヤマト』の初仕事だ。まずは挨拶代わりに、あいつらの『ワープ航法』が無意味だってことを教えてやれ」
『了解、マスター。……「位相跳躍干渉波」を展開。……ふふ、彼らには今の自分たちが、時速10キロで動く荷車のように感じられるでしょうね』
和也がスマホのエンターキーを静かに叩いた。
木星近郊。帝国の艦隊司令官は、己の目を疑っていた。
自慢の超光速エンジンが、突如として出力を喪失。それどころか、空間そのものが「粘り気」を持ったかのように、自艦の動きを妨げている。
「な……何が起きている!? 重力異常か? それとも空間の崩壊か!?」
その混乱を切り裂くように、彼らの目の前に「それ」が姿を現した。
火星にいたはずの『ヤマト』が、時間の概念を無視して、一瞬で彼らの眼前に「跳躍」してきたのだ。
「――こちら、地球連邦艦隊。……これより先、太陽系への不法侵入は認めない。……即座に武装を解除し、投降しろ。さもなければ……」
和也の声が、帝国の全通信回線をジャックして響き渡る。
「……貴方たちの『帝国』の歴史を、ここで終わらせる」




