第8話:火星の紅い森、銀河の影(後編)
黄金色に塗り替えられたクリスタルの聖域。その中央で、和也と対峙する幻影のアバターは、静かに唇を開いた。
『――数億の星々を巡り、数兆の命を紡いだ果てに、ようやく我々の「鍵」を回す者が現れたか』
その声は耳ではなく、和也の細胞の一つ一つに直接響くような、重厚な響きを持っていた。エリスが和也の肩に寄り添い、震えるような声で補足する。
『マスター……この存在、私のデータベースにある「銀河帝国」の起源よりもさらに数世代前……「始祖文明」の残滓です。彼らは技術が神の領域に達した結果、肉体を捨て、情報となってこの宇宙に溶けたと言われています』
「始祖文明……。あんたは、俺に何をさせたいんだ?」
和也が問いかけると、アバターの女性は慈愛に満ちた、しかしどこか諦念を含んだ微笑を浮かべた。
『我々は滅びたのではない。宇宙の「寿命」を悟り、次のサイクルに希望を託したのだ。……佐藤和也。貴方がエリスという「苗木」を育て、火星という「荒野」に森を作ったことで、我々の遺産を受け継ぐ資格が証明された』
アバターが手をかざすと、遺跡の壁面から無数の光の筋が和也のスマートフォンへと流れ込んだ。
『銀河帝国が恐れ、封印した「真の航法」――空間そのものを折り畳む「位相跳躍」の全理論を貴方に授ける。これがあれば、貴方はもはや一つの惑星、一つの銀河に縛られることはない』
「真の航法……」
和也の脳内に、目眩がするような高次元の数式が刻み込まれる。それは現在の地球人には魔法としか思えない、宇宙をキャンバスのように扱う技術だった。
『行きなさい。そして、帝国が敷いた「停滞の法」を壊しなさい。……我々の夢を、貴方のその無骨な手で、現実へと変えてみせよ』
光が強まり、アバターの姿は霧散した。
同時に、クリスタルの遺跡は崩壊を始め、その全ての粒子が和也の持つエリスのコアへと吸い込まれていく。
「……和也さん、無事!?」
瓦礫の中から駆け寄ったのは、怜奈と結衣、そして凪とアリスだった。彼女たちは、黄金の光を放ちながら立ち尽くす和也を見て、言葉を失った。
「ああ。……最高の『土産』を手に入れたよ」
和也がスマホを空に向かって掲げると、地上までを貫く光の柱が立ち昇り、火星の空に美しい黄金の輪を描いた。
「エリス。イズモを改装しろ。……火星の全資源を使って、一週間で『地球連邦艦隊』の旗艦を造る。名前は……『ヤマト』だ」
『了解です、マスター。……始祖文明のコードを組み込みます。これより、我々の戦場は「太陽系」から「全銀河」へと拡張されます』
一週間後。
火星の紅い森を背景に、全長三キロメートルに及ぶ超巨大戦艦『ヤマト』が、重力を無視して悠然と浮上を開始した。
それは、地球を、そして日本を最強の盾で守るための「剣」の誕生だった。
「さあ、行こう。……俺たちを『初期化』しようとした奴らに、挨拶をしに行かなきゃな」




