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広々とした和室に並べられた座卓には、湯気の立つ煮物や焼き魚、季節の山菜料理が並び、素朴ながらどれも手の込んだ品ばかりだった。
春人は父と並んで座り、久しぶりに味わう村の家庭の味を前に、箸をつける前から胸が熱くなっていた。かつて、何度もこうしてこの家の食卓を囲んだ記憶がある。だがそのときと決定的に違うのはーー楓がどこか距離を置くように、春人に対して目を合わせようとしないことだった。
「お口に合うといいんだけどね、春人くん」
椿が、にこやかに微笑みながら器を差し出す。料理はどれも美味だった。山椒の香る筍の煮物、焼きたての鮎の塩焼き、野蒜の酢味噌和え。どれも春の気配をふんだんに感じさせるものばかりだった。
「いただきます。……すごく、懐かしい味です」
「ふふ、昔は好き嫌いが多かったのにねえ。少しは大人になったってことかしら」
椿の言葉に、春人は少し苦笑しながら頷いた。
ただ、その言葉に込められた「大人になった」という響きに、どこか含みがあるように感じたのは気のせいだろうか。
父は静かに食事を進めていたが、時折椿や村長と短く言葉を交わしながら、終始穏やかな様子だった。食卓の中心で村長は、まるで何事もなかったかのように春人を歓迎し、これからの祭りや準備について話題を振る。
「明日から少しずつ、村の祭りの準備も始まる。春人くんも、無理のない範囲で構わんからな。雰囲気だけでも、久々に味わってみるといい」
「はい。……ありがとうございます」
春人は頷きながら、祭りという言葉の響きに、胸の奥がわずかにざわめくのを感じた。
あの場所に、また近づくのだろうか。
神社の鳥居、石段、あの……花。
ふと気づくと、椿が春人の横顔をじっと見つめていた。
その視線は、姉が弟を見守るものには少し似ていたが、そこには微かに熱を帯びた何かが宿っていた。
「本当に……大きくなったのね」
椿はそう呟くように言うと、箸を置き、微笑んだ。
春人はその視線に気づき、なんともいえない居心地の悪さを覚えながら、視線を外した。
その瞬間、視界の端で楓が箸を止めたのを見た。
彼女は春人と目を合わせようとせず、ただ俯いたまま、ごく少量の食事だけを口に運んでいた。
何かが、昔と違う。
春人は、静かにそう思った。
食後、茶を飲みながらの談笑が一段落すると、父が静かに言った。
「そろそろ帰ろうか、春人」
春人の手にした湯呑が、わずかに揺れた。
ーー帰る。
そう、あの家へ。
母がいた家。
彼女の怒鳴り声と、背を向ける冷たい視線。
「掟破りの子」と、吐き捨てるように言われた言葉。
そのすべてが、春人の脳裏に一気に蘇った。
「……あの、村長さん」
春人が口を開いたのは、父よりも一瞬早かった。
「今夜……泊めていただけませんか」
言った瞬間、春人は父の視線を感じた。強く否定するものではなく、ただ静かに彼の胸の内を探るような眼差しだった。
村長は、目を細めてゆっくり頷いた。
「もちろん構わんよ。もともと、春人くんが来るかもしれんと思って、部屋は準備してあったからな。気にせずゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます……」
春人は深く頭を下げた。
だが、すぐに椿が立ち上がり、「部屋、案内するね」と声をかけるより先に、ふいに吐き気がこみ上げた。
喉の奥にこびりついたような、鈍く重たい感覚。
視界が揺れ、春人は無意識に膝に手を置いて体を支えた。
「……春人くん、大丈夫?」
椿がすぐに駆け寄り、肩を支える。
驚いたように楓も立ち上がるが、近づくことができず、ただ遠巻きに見つめていた。
「ちょっと疲れが出たのかも。長旅だったしね」
椿は優しく笑いながら、春人の肩に手を置いた。
その手の温もりが、どこか怖かった。
何かが、この家にはある。
春人の胸に、微かな警鐘が鳴っていた。




