王命ですか?
辺境にいる私のもとへ「王都で王太子夫妻を讃える紙芝居をしろ」と、王太子妃からの通達が届いた。板芝居と紙芝居を献上しろとも書いてある。
私はペンを執った。
「王都を永久追放されたから、無理です。それとも、追放という『王命』を破棄されますか?
その場合、王命が間違っていたと公に謝罪していただかなければ、王都でのわたくしの身の安全が図れません。
社交界で孤立させるとおっしゃいますが、既に学園でされており、社交界にわたくしの席はございません。
そもそもの話、あなた方のどこを讃えればいいか教えてくださいませ。田舎まで漏れ伝わってくる評判では、見当がつきません。
それから、板芝居なら売って差し上げましょう。
そういえば、窃盗犯から取り上げた物があるではないですか。あれは記念すべき第一作。歴史的に意味がある物ですの。
もし新品をお求めでしたら、ちゃんと王太子妃の予算からお支払いくださいね。
わたくしに虐められたと主張していた方が、その相手にお強請りされるとは、驚きましたわ。か弱い女性が好きな王太子殿下に、よそ見をされないようお気をつけください。
それでは、ごめんあそばせ」
通達を届けに来た使者に返書を手渡す。板芝居を観ながら食べるお菓子を彼に包んであげた。
馬車でなく騎乗して帰るなら三日くらいの旅だろう。ほんの少しは楽しみがないとね。もしかしたら、返書を読んだフローラに八つ当たりされるかもしれないし。
使者を見送ってから、辺境伯である父に返書の文面を確認してもらうべきだったと思いついた。
慌てて、送られてきた王太子妃の通達を持って父の元へ向かった。
辺境伯は、娘に対する王太子妃からの無礼な通達に対し、厳しい抗議文を国王宛にしたためた。
これ以上舐めた真似をするなら、婚約破棄の冤罪を立証するぞと脅しも書いた。
娘は王都にも王太子にも未練はないと言っていたが、破棄された後に調査はしたのだ。親に告げ口をすることなく、王都で一人耐えていた娘の状況を知るのは親の責務であると思ったからだ。
報告は想像を絶するものだった。仮にも王太子の婚約者に……。どれだけ悔やんでも、もう遅いと胸をかきむしることしかできない。
王宮では正式な文章として文書担当の文官が読み、宰相に上げられて国王の手に渡った。
文書局の若い文官は婚約破棄騒動の時は子どもだった。国立歌劇場の美談を観て育った世代だ。
辺境伯からの抗議文に戸惑い、親や先輩文官に当時の真相を訊いて回る。ただの好奇心で、職務上知ったことを漏洩しているという自覚はなかった。
それはさざめきのように文官の間に広がり、その家族が夜会やお茶会で話題にする。
王太子妃に対する不安が不満に変わるのに、そう時間はかからなかった。
国王はいつまでたっても頼りなく、問題を起こす王太子夫婦に頭を痛めた。辺境伯の令嬢を手放したことを今になって後悔していた。
王太子が大勢の前で言ってしまったからと追認するのではなかった。王太子を叱責し、婚約破棄を許さないと言えば良かった。
宰相の息子が断罪劇の流れを考えたため、宰相の面子を慮るとひっくり返すのは得策ではないと思えたのだ。
国王は王太子妃を呼び出して、叱責した。
王太子妃は泣き、他の者に責任をなすりつけるだけで見苦しい。
同席させた王妃に尋ねた。
「王妃よ。王太子妃教育はどうなっているのだ。
このフローラがジョヴァンニの婚約者になり、王太子妃となってもう十年以上経っているのだぞ」
「そんなのは彼女の実家や養子縁組をした家門に言ってくださいな。貴族としての基本もなっていないのですもの。お手上げですわ」
王妃は悪びれることなく言ってのけた。
「ジョヴァンニよ。お前は妻の教育もできないか」
「畏れながら父上。同じ事を言われたら、どうお感じになりますか?」
「まあ! 母親であるわたくしを侮辱するつもり?」
王妃が甲高い声を出した。
「……国を治める器量を示せなければ、王太子を下ろすことも考えるぞ」
不注意な国王の発言が、次なる嵐を呼び寄せた。
王太子がお忍びで辺境伯領に来た。先触れもなく、突然。
お忍びと言っても、往復で二週間かかるのだ。内緒になどできるはずもない。
だから、実のところ、王太子がこちらに向かっているという情報は先に届いていた。
領の入り口で王太子の一行を止め、私が出向いた。もちろんニコラも一緒だし、隠れて兄と騎士たちが待機している。
「王太子に対して無礼な連中だ」
王太子が領境を守る兵士に悪態をついていた。
「お久しぶりでございます。殿下を足止めしているのは、『思いやり』でございます。御身の安全が確保できませんので」
「そんなに治安が悪いのか。武芸が取り柄の辺境伯は、領地経営もできぬのか」
挨拶も返さずに、王太子はしゃべり出す。
「――いいえ。商人や農家の者は殿下の検査で損害を被り、騎士や兵士は私に対する理不尽な言動に怒り心頭なのでございます。私どもはその気持ちが痛いほどわかります。
領地民を守りたいので、王族を袋だたきにしてしまうことを防ぎたいだけですわ」
私はできるだけ感情を乗せないように、説明した。
「ところで、フローラの願いを却下したそうだな」
「それが何か?」
「彼女を泣かせるなんて、相変わらず悪女だな。彼女は紙芝居一つで、お前の無礼を許すと言っているぞ。寛大な王太子妃に感謝しろ」
「わざわざ、ゆすりたかりに来たのですか?」
イラッとして、辛辣な言葉を吐いてしまった。不敬罪に注意しないと。
「昔のことを根に持って、いつまでも拗ねているのは子どもっぽいと思わないか?
紙芝居の権利を譲るなら、私の側妃として迎え入れてやってもいい」
王太子はゾッとするような妄言を吐いた。
「なんの罰ゲームですか」
「『バツゲーム』とは何だ? 子どももまだなのだろう? 種が悪いだけなら、子が産めるかもしれないぞ。なにせ、私にはちゃんと子どもがいるからな」
なんという暴言! 隣にニコラがいるというのに。もう許せない。こいつは敵だ。
「お帰りください。もう、これ以上話すことはございません」
「おい、まだ話の途中……」
私は袖に隠していたナイフを、王太子の目の前に突きつけた。
「お前の顔など二度と見たくない。失せろ!」
国境沿いの紛争を想定した訓練を積んでいる辺境の女を、本気で怒らせたな。
王太子の護衛が、剣を抜いた。まったくもって反応が遅い。
辺境伯家の騎士たちも物陰で剣を抜いて、いつでも飛び出せる体勢だ。
「ルチア。こんな男のために、君が犯罪者になる必要はないよ」
ニコラが私の手首を掴む。
「こんなゲスは、この世に存在しない方がいい」
「うん。みんなそう思っているから、時間の問題だよ。大丈夫」
私の耳に唇を寄せ、ニコラはあやすように囁いた。
「なにを無礼な」
王太子がいきり立つ。
彼に付いてきた護衛は辺境伯の騎士に囲まれていることに、ようやく気がついたらしい。
「王太子殿下は気が動転されているようです。失礼致します」
王太子がそれに気付く前にと、護衛たちは彼の腕を掴んで引きずるようにして馬車に押し込んだ。
逃げていく馬車を睨みつけながら、私は宣言した。
「もう、絶対に許さない」
「うん。俺も悔しい。辺境伯閣下に相談しよう。二度と馬鹿なことを言わないよう、徹底的に叩き潰さなきゃな」
珍しくニコラの声も怒っているようだった。
国王は板芝居を一つ手に入れた。よくできていると感心する。
職務を二週間も放棄していた息子に、何を言えばいいか……頭が痛い。辺境伯からの怒りが滲む手紙を目にするだけで、胃が痛む思いだ。
執務室に、王太子だけでなく王太子妃も呼びつけた。
「お前が手放した婚約者が、どれだけ有能だったかわかるか。
板芝居、紙芝居という新しいものを生み出し、それを広める手腕も見事だ。
文化、商業、外交、人材育成……紙芝居に関することだけで素晴らしい成果をあげている。
王家が手に入れるはずだった栄誉も富も、今は辺境伯のものだ。失ってしまった責任をどう取るつもりなのか」
王太子妃に目をやると、唇を噛んでいる。
「だから、取り戻そうと迎えに行ったのです」
ふてくされるように息子が言い訳をする。
「気付くのが遅すぎるわ。
十年前には耐えた辺境伯が、お前たちのせいで怒りを露わにした。王太子妃が蹴落とした相手に恥知らずな要求をし、王太子が辺境をわざわざ馬鹿にしに行った。
しかも、既に結婚している女性に向かって、仕事をするだけの側妃になれと宣うなど、愚かにも程がある。お前は好色の誹りを受けたいのか。
辺境伯の怒りをどう鎮めるつもりなんだ?」
「いえ。表情豊かになり色気が出ていましたので、仕事だけでなく、今度こそ愛してやろうと……」
「なんですって?」
「お前たちは何を考えているんだ! 辺境伯の怒りに油を注ぐことしかできんのか」
二人とも、答えることができない。その後ろに立っている宰相の息子もだんまりだ。
「お前たちを補佐できる側妃を探せ。これ以上馬鹿なことをされたら、堪らないからな」
「父上のお眼鏡に適った女性はいないのですか?」
「ジョヴァンニ! そんな提案を受け入れるの? ひどいわ」
王太子は妻の叫びを無視して、父親を期待の目で見つめた。
「私が選んだ最良の令嬢を追い出しておいて、何を言う。それにお前が放置している仕事が私に回ってくるのだ。そんな暇はないわ」
国王のその発言を、宰相は冷めた目で聞いていた。似たもの親子だと。
これ以降、王太子妃は人前に姿を見せなくなった。
激しい夫婦げんかをして顔に傷を負ったせいだとか、真実の愛が砕け散って精神を病んだとか、面白おかしく噂された。
王太子が側妃を探そうとしても「真実の愛には敵いませんから」と逃げられるばかり。側妃になったら、贅沢をするどころか働きづめになることがわかっているので、誰も立候補しようとしない。
それどころか第二王子と比べられて、王太子ではなくなるのも時間の問題だという見方が広がっていた。
長期休みでマルティナが辺境に戻ってきた。
「ルチア叔母様。私、もうすぐ卒業なんです」
「そうね。頑張ったわね。偉いわ」
一年次に休学したけれど、その後は楽しそうに通っている。
「叔母様に卒業式に来て欲しいなぁ……なんて」
はにかみながら、上目遣いで甘えてくる。私がその顔に弱いことを知っているのだ。
「王都を追放されているから……難しいわね」
「それ、本物の王命なの? 婚約破棄されたからって、犯罪者じゃないでしょ?」
姪はジトッとした目つきで見つめてきた。
「嫌だわ。あなたは鋭すぎる。
……そうね。撤回させるのには、いい頃合いかもしれないわね」




