悪役令嬢の結末
私は婚約破棄されたときの「王命」が書いてある羊皮紙を持って、父の執務室に向かった。
「これが王都追放の『王命』です」
「いや、これは国王陛下が発したものではないだろう」
父が怪訝な顔をする。
「その通りです。これは宰相の令息による偽造です。ただ、王命の書式や文言などは、宰相が協力している可能性が高いかと。
宰相を失脚させ、国王の屋台骨を揺るがしてやりましょう。王太子が偽造と承知の上で、『王命』を騙ったことも致命的です。
これを使って、責め立ててやってください」
「だが、これを我々が偽造したと言われないか?」
「大丈夫です。このインクは王家の御用達で、裏から光を当てると緑がかって見えるでしょう? 少なくとも王太子殿下か王妃殿下のどちらかは、追い詰めることができます。
焦ればどこかに綻びが出るはずです。そこを攻撃してください」
私はもう一つの書類を見せた。
「辺境伯派の領地の家令や執事に、納入品検査による損害を記録しておくように頼んでいます。二年とちょっとの分ですが、合計したらかなりの額になりました。
それを取りまとめたので、損害を請求しましょう。王太子の横暴で発生した損害ですもの」
「お前、いつの間に……」
「板芝居の巡業をしたときに、それぞれの領主館に数日滞在しますでしょ? その時に根回しを少々」
私にできるのは資料を集めるところまで。後は辺境伯である父や、辺境伯派の当主たちに任せることになる。
謁見の間で、国王は辺境伯派の当主たちと対面した。国王の周囲には、宰相をはじめとした側近や各部署の責任者たちが並んでいる。
「辺境伯である私がここにいるので、今、攻め込まれたら大変ですなぁ。ですが、それよりも切実な問題を片付けるために、はるばる王都まで参りました」
辺境伯の笑えない冗談に、国王側の人間たちが青ざめた。辺境伯とその家族を貶める行為が引き起こす事態に、ようやく思い至ったのだろう。
実際は、後継の長男が留守居をしているのでそれほど心配することもないのだが。
娘を王都から追放したときの偽造書類を見せ、宰相とその息子の関与を引き出した。
「それは、王太子殿下のご命令で……」
宰相の息子は反論しようとした。王太子は顔を背け、命令した責任から逃げようとしている。
「お諫めするどころか、言いなりになって罪を犯す者たちが、高貴な方々の周囲にいることはよろしくないのでは?」
辺境伯のその一言で、宰相は抵抗するのを諦めたように、がくりとうなだれた。宰相の息子は泣きながら頭をかきむしっている。
騎士団長も、その息子も王族の後ろに控えながら、気配を消すかのように押し黙っている。宰相たちを庇うでもなく、それらを知っていて黙っていたことを告白するでもなく――
騎士と名乗るのが許されないくらい卑怯なことだと、何より本人たちが知っていた。
国王も王太子も、自分たちの側近を守ろうとしなかった。それどころか、側近を斬り捨てて自己保身に走る。
その場で宰相を罷免し、その息子も投獄することを決めてしまった。
絶望のどん底に落とされたような顔した宰相とその息子は、大人しく地下牢へと連行されていった。宰相の息子は恨めしそうな目を王太子に向けたが、王太子がそちらを見ることはなかった。
知恵袋がいなくなった国王には、もう抵抗する術がない。
辺境伯から賠償額を記載した紙が提出された。
「まず、王太子殿下の指示で、我々にだけ納入品検査の際に言いがかりをつけられて没収されたり、商品を放置して駄目にされたりした試算額です。
次に、我々と他の領との税率の違いを記載しました。その下に、正しい税額との差額を――」
国王は紙を凝視し、バッと王太子の顔を見た。王太子は青い顔をして冷や汗をかいている。
「そんなことをしておったのか……」
「王太子殿下の横暴で出た損失を補填していただきたい。もし却下されるなら、裁判にかけてもよいと愚考する次第でございますが」
「王太子の暴走であるな。王太子の私費で補填するように」
国王は王太子にそう命じた。
王太子は国王から手渡された書類を見て、震えだした。
「そんな……私は、こんな金額……」
その様子を冷めた目で見つめ、辺境伯は発言する。
「王太子殿下はご自分の言動がどのような結果を招くか、ご理解されていないようですね」
王太子はその言葉に、縋るような目を辺境伯へ向けた。
「王都に品物が入ってくる納入品検査を監督する役目は、荷が重いのかと思われます。殿下をその役目から解放して差し上げるのはどうでしょう」
「私から権限を奪うつもりか?」
王太子は辺境伯に大きな声を出した。辺境伯は王太子を一瞥することもなく、国王に視線を合わせ続けた。
「もし、このまま王太子殿下に役目を担わせるとおっしゃるなら、他の貴族にも我々と同額の納入品検査料を請求するのはどうでしょうか?
特に、王妃殿下のご実家や宰相閣下の家門など、王太子殿下を支える方々には同じ目に遭っていただきたいですね」
その提案を聞いて、周囲にいる幹部たちがざわついた。辺境伯派が不利益を被っても、自分たちは関係がないと眺めていたのに、思わぬ飛び火だ。
「そんなことをしたら強い反発が起きるではないか」
国王が弱々しく抵抗する。
「ええ、そうですね。それならば、我々も反発するのを我慢しているだけだと、ご理解いただけましたか」
辺境伯は射殺すような目で国王を見ている。
「予算のことを考えると、王太子殿下の一年の予算を超えてしまいそうですので、国王陛下にもご負担いただくとよいかもしれませんね。ですが、不当利得なわけですから、減額は致しかねます。
我々の損失を一括でお支払いいただけないのなら……そうですね。
いっそのこと、税金を決める権限を王族から貴族院へ移していただきましょう。
再びこのようなことが起きたら大変ですから」
辺境伯は考えるふりをして、いいことを思いついたというように仮面のような笑みを作った。
さすがに財務卿が口を挟み、貴族院の議長も参戦して、議論が始まった。
激しい討論の末、国王は貴族院が税制へ介入することを受け入れた。
貴族院は、三代以上続いた貴族の代表者で構成される。どの家門を選ぶかという点が不透明で公平性に疑問は残るが、王族の横暴をとめられる貴重な組織であった。
これは貴族が国王から権利を剥奪するという、驚くべきことだった。貴族の中にも、畏れ多いと反対する者がいたくらいだ。
だが、国王は税制への限定的な介入を許すことで、賠償金を払わずに済むならと、目先の利益に飛びついた。
後の学者に、王制の崩壊がここから始まったと言われる愚策である。
実害を被った辺境伯派が、自分たちを守るために勇気を振り絞った。それだけのはずだったのだが――
辺境伯は領地に戻り、家族に成果を報告した。
補償金は取れなかったが、王太子を納入品検査の責任者から降ろし、税制に貴族が口を出せるようになったと。
感動する父や兄に、私は不思議な気持ちになった。畏れ多いとか、武者震い的な厳かな空気なのだ。
「ルチアリアに言ってこいと言われたから、駄目だろうと思いながら要求したのだが。
税を決める権利を優先して、賠償金を払うと考えていたのに、結果は逆だったな」
「宰相閣下を罷免させたから、丸裸な状態だったのですよ。長期的な視点を持っていませんからね」
私は紅茶を飲みながら、国王をこき下ろした。
「そう考えると、国王陛下は本当に仕事をしない人なんだなぁ」
兄は留守番の重圧から解放されて、笑顔が柔らかくなっている。
「ええ、『丸投げ陛下』というあだ名がありましたよ」
王太子妃教育を受けているときに、よく聞いた陰口だ。
家族が微妙な表情になる。そんな人間が国のトップに座っているなんて、不安になるのが当然だ。
「そうか。ルチアは王家のことをよく知っているんだったね」
兄が苦笑いした。
「ええ。あんな人たちの家族にならずにすんで、本当によかったです。
フローラは王妃殿下の嫁いびりにめげず、逃げ出さず十年以上経ちました。その点では根性あると見直しました」
「いや、最近はそうでもないらしいぞ。人前に姿を現わさなくなったそうだ」
父が最新情報を教えてくれた。
「心が折れたのかもな」
ニコラは一度だけフローラを見たことがある。私を学園に助けに来てくれたときだ。
「第二王子殿下を王太子にしやすくなって、よかったですね。
そういえば、第二王子殿下の婚約者はどなたなのですか?」
私は焼き菓子に手を伸ばしながら、気軽に話題を選んだ。
父がソファーから立ち上がり、執務机から封筒を持って来た。
「お父様、その色、その封蝋。もしかして……」
「マルティナに婚約者の打診が来た」
「第二王子殿下から? 嘘でしょう? お父様、そんなの受けないですよね?」
「一応マルティナの意見も聞いた上で、お断りしたよ」
「ああ、よかった!」
マルティナは学園で第二王子と会話をしたことがあると言っていた。本人が王族になりたいのなら仕方ないが、できたらあんな苦労はさせたくない。
気がついたら焼き菓子を握り潰していた。ニコラがお皿に差し出すのでそこに置くと、ハンカチで手を拭いてくれた。
「性格に問題ある人ばかりで、仕事もろくにできない者の集まりだということがわかったんだ。そんな苦労しかない家と縁づかせることはないよ。
側妃殿下と第二王子殿下は、比較的まともだと聞いたけれど」
そう言う父に、面白くない気持ちが湧いてきた。
「私は婚約させたくせに」
母が泣きそうな顔になったので、言い過ぎたかと反省する。
「悪かった。あのときはまだ先王陛下がご存命だったし、王太子があんなふうに育つとは思わなかったんだよ。
蒸し返すけれど、税制を握る重要性を理解していないとは予想以上のあれだな」
父は変なところで言葉を濁した。
「でも、皆で決めた方が、間違えないですみますよね? 王族に生まれた人が全員統治する才能に恵まれるわけでもないですし」
前世では当然のことだった。だから議会で話し合ったりするのだ。
「だから、税制を貴族院にという案を出したのか」
父がなぜか驚いた顔をしている。本当に、ダメ元で言っただけなのかもしれない。
「私、王太子妃教育を受けていたので、国の急所を知っているのよ」
そう言う私を見て、ニコラが絶句した。惚れ直したのなら、嬉しいけれど。
「あ、そうだわ。税金を集める方法と正しい使い方の紙芝居でも作りましょうか?」
気分は社会科の先生だ。次の世代には、そういう知識を持った人たちに活躍してもらいたい。
紙芝居のことを考えていた私は、家族が静かになったことなど気がつかなかった。
辺境伯の家族は、「ルチアリアが王太子妃になっていたら王家が揺らぐことはなかったろう」と、ひそひそ話をしていたらしい。
辺境伯領では平和な日々が続き、マルティナが卒業する日が近づいてきた。
私たちは卒業式に合わせて、王都へ向かった。
兄夫妻とニコラと一緒に、学園の門をくぐる。
マルティナの弟も来たがったが、王都で辺境伯家の評判がどうなっているのかわからなかったので、留守番となった。
「私は卒業できなかったけれどね」
校舎を眺めながら、そんな言葉が出て来た。
「その分、早く結婚できた」
ニコラが耳元で囁く。
「……スケベ」
「それは褒め言葉だね。君を攫って辺境に帰るとき、俺がどれくらいドキドキしていたかわかるかい?」
卒業式の後のパーティーで、マルティナは何人かの男子生徒と踊っていた。
板芝居の活動を一緒にやっていた生徒たちだという。
そのうちの一人が、保護者の観覧席に来た。
「できたら、辺境伯領で紙芝居に携わりたいです。物語を考えるのが好きなので。
それから……マルティナ嬢のことも……。彼女に告白してもよいでしょうか?」
兄が動揺している。兄嫁がその生徒の名前を尋ね、自身の両親には話をしたのか確認する。
私はその様子を静かに眺めていた。
「私たちは、家の問題とかなかったわね」
小声でニコラに話しかける。
「それ以前に、家族みたいなものだっただろ」
「三人目のお兄様だと思っていたわ」
「え、ほんと?」
「なによ? そんなに意外?」
「ちょっと背徳的でいいなと」
「もう……ちょっと、黙りなさい」
王都に常駐していた護衛たちは、王都を引き払う準備をしていた。マルティナの退寮に合わせて、皆で辺境伯領へ帰るのだ。
私は馬車の中から、遠ざかる王都を見るともなく眺めていた。
王都は、生涯私を縛り付ける檻ではなくなった。十年の歳月で鉄格子は錆びつき、いつ壊れても不思議ではない環境になったように見える。
私の中で「権威ある王都」ではなく、数ある街の一つになった王都。
用事があるなら来るし、なければ来ない。骨を埋める覚悟も必要ないし、もう恐怖の対象でもない。
馬車の中で私は家族と笑いながら、次の紙芝居をどんな話にするか考えている。
また、新たな仲間が増えそうな予感に、笑顔がこぼれた。
「同級生の彼は、いつ辺境伯領に来るの?」
マルティナに尋ねる。
「え……そのうち来るんじゃない?」
頬を染めながら、マルティナが曖昧な返事をした。
「目つきの悪い頑張り屋のお姫様」は、今日も頑張っている。




