入り乱れる思惑
夏の終わりに、再び辺境伯領でピクニックが行われた。
当主たちは夏の間の情報交換と、社交シーズンで誰と交流するかの打ち合わせなどを行っている。
そして、一人の令嬢が姫の役になり、第一作目が上演された。
拙いながらに姫らしい高貴さが感じられ、専門家の演技とは違う味わいがある。
「すごい! 素敵でしたわ。羨ましいわ」
観ていた令嬢は姫役を褒め称えながら、ちらりと王子役の青年を見た。
「いつ練習してたのさ?」
少年は、ずるいと言うように頬を膨らませる。
「一週間前に来て、特訓していただきましたの」
こぼれるような笑みを浮かべた姫役に、「抜け駆けだ」「自分もやりたい」と一斉に声が上がる。
マルティナの腕を取って強請る令嬢も出てきた。
「あら、予想以上に好評でしたわね」
私は眉尻を下げた。マルティナが復学したときに気を配ってくれた令嬢に、お礼をしたいと手紙を出したら板芝居をやりたいと返事が来たのだ。
「困ったね。全員に同じように演技指導できるわけじゃないしなぁ」
ニコラがここ一週間の様子を思い出しながら言った。発声練習から始め、抑揚のつけ方など細かい指導をしてきたのだ。
「みんなが専門家になりたいわけじゃないと思うけれどね」
あ、前世の夏休みのワークショップならいいんじゃないだろうか。劇団に子どもたちを体験入団させるような……。
発声練習は、貴族社会でも役に立つはずだ。
「また、ひとつ思いついたわ」
「ルチア、後でゆっくり聞かせて。でも、長期巡業とか、そういうのは嫌だよ」
ニコラはルチアリアのこめかみにキスを落とした。
「うふふ。ニコ、もう離れないわ」
私は愛しい夫の腰に手を回す。
私は知らなかった。
この場にいる数人のご夫人が、王太子妃のお茶会に欠席の返事を出していることなど――
語り部がしっかり育ち、巡業を任せられるようになった。
私は巡業から抜けて、板芝居の製作の方に携わることにした。第三作目に取りかかるか、第一作目の複製をもっと作るか、悩ましいところだ。
そんな中で、巡業のために移動しているところを襲われたという一報が入ってきた。
「みんなは無事なの?」
「怪我人はいるけれど、大丈夫だ。すまん。板芝居が盗まれた」
高齢の元兵士が悔しそうに謝罪する。幼い頃から孫のように可愛がってくれた一人だ。
「……板芝居が目的だったのね」
盗まれたのは第一作目のものだ。一つ盗まれても、複製がある。
巡業を妨害したかったのか、盗んだ物で自分たちも巡業をするつもりなのか……。
「皆が無事なら、深追いしなくていいわ。巡業予定地には私から詫び状を出すので、一旦こちらに戻ってくるように」
「それが、次の予定地だった領主様が保護してくださって、怪我が治るまで滞在していいとのことです」
「あら、そうなの? それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら。お父様にもそれを報告してちょうだい。お爺もその後でゆっくり休んでね。
――お爺が無事で良かった」
元兵士は緩く首を横に振った。どんなに感謝を伝えても、自分を許せないのだろう。
額に手を当ててため息を吐く私を、ニコラが横から抱きしめてくれた。
「みんなが無事でよかったね」
その言葉を聞いた瞬間、涙がこぼれた。
ホッとして、また襲われたらと怖くなり、記念すべき第一作を巡業から外せばよかったと後悔が駆け巡り……。
数日後、板芝居の一座を保護してくれている領地の家令から手紙が来た。
板芝居の巡業と交易路を兼ねた道は、辺境伯派ではない領地を通らざるを得ない箇所がある。そこでの休憩中に襲われたそうだ。
覆面をした男たちが農機具で襲いかかってきたので、殺さないように戦った。その隙に荷物を奪われた。
護衛たちは辺境伯の元兵士なので、手際よく捕縛した者たちを次の目的地まで連行した。彼らは小遣い稼ぎのつもりで頼まれたことをやっただけだという。
捕縛した農民をどうするか王都にいる領主にお伺いを立てている最中だが、辺境伯からの意見も聞かせてほしいと添えられていた。
辺境伯の執務室に、家族が集まった。
「くそ。素人相手だから手加減するだろうって、読まれていたんだろうな」
ニコラが悔しそうに言う。元護衛として剣を握る者の慈悲と判断の甘さの間で、悩ましい心境のようだ。
「もしくは、農民くらい殺されても構わないと考えている者が後ろにいるか……」
兄が腕を組んだ。
「金目の物ではなく、板芝居を盗む。その意味は……言うまでもないな」
父が執務室に貼った地図を睨みつけるように見た。
「アンジェラ、ルチア。わたくしたちは、手分けしてお手紙を書きましょう」
母が兄嫁と私を見て、拳を握る。
「お手紙ですか?」
この流れでなぜ手紙なのか。
「そうです。王都に滞在中のお友達に『先日楽しんでいただいた板芝居が盗まれて、とても悲しいです』という内容で」
なるほど。淑女の戦い方は手紙、情報、噂、流行――
黒幕がどう出てくるか、楽しみに待つという戦法なのだ。
「娘にも手紙を出して、気落ちしないように励まさないと……」
そうだ。マルティナは私と同じくらい、ショックを受けるに違いない。
王都の社交界には、あっという間に情報が広まった。
盗まれた場所の領主は、「治安がよろしくないようね」と嫌味を言われているそうだ。王妃の母方の領地であることが、様々な憶測を呼んでいる。
程なくして、板芝居を盗んだ者が捕縛された。盗まれた領地で捕まったので、領主の面子は守られたと、王妃はご満悦らしい。
犯人が裁判にかけられたら、私は堂々と出ていこうと思っていた。
不敬罪と言われたら、かつての冤罪を暴き、国立歌劇場で私の名誉を貶め続けたことを糾弾してやろうと。
それなのに、窃盗犯はむち打ちに処され、国外追放とされた。板芝居はボロボロにされ、燃やされてしまったそうだ。しかも裁判の前に……証拠品の扱いとして考えられない行為だ。
絶対におかしい。
「ひどい。返してくれたらよかったのに。ルチア叔母様が描いて、私が色を塗ったのよ。何度も練習して、一緒に旅をして」
長期休暇で帰ってきたマルティナが泣いた。一生懸命作って、練習して、巡業に回った思い出の詰まった品だった。
「私はこの辺境でお父様を見て育ったの。領主の判断が、その時は理解できなくても、後で必要だとわかることがたくさんあった。
だから、王太子妃教育で理不尽に思えたことも耐えてきたの」
泣きじゃくるマルティナを抱きしめて、その髪を撫でなた。
「だけど、王家はそんなふうに考えているわけじゃないと、身に染みてわかったわ」
腕の中で、マルティナが小さくうなずいた。
皮肉なことに、王家の対応の不自然さから、より注目を集めてしまった。
しかも、「内容を広められたくないもの」から連想して、「不敬罪にあたる内容だったのでは」という推測が主流になっていく。
不敬罪になる作品はどんなものかと、人々は面白おかしく噂していく。
罪状は不敬罪ではなかったのに、いつの間にか「不敬罪」が事実のように語られていた。
「よっぽどヤバイ内容だったんだろ」
「王太子が馬鹿だって話らしいぞ」
「国立歌劇場の内容がデタラメだって、暴露する話だって聞いたな」
「いやいや、俺たちは歌劇場に観に行く金がないんだから、比べることもできないじゃんか」
「それもそうだ。まあ、王家が都合悪いことを握りつぶしたって噂だぞ」
「お~、怖い怖い」
酒場では、そんな会話が繰り広げられていく。
辺境伯派の領地のお祭りで、その板芝居を見ることができるかもしれない、という噂が広まった。それを期待して、わざわざ旅をして祭に訪れる者まで現れた。
「王家が恐れる板芝居を一度でいいから見てみたい」
「どんな内容で怒らせたのだろう」
「田舎に行くのは気が進まないが、社交シーズンのいいネタになるからな」
だが、そんな状態の人たちに第一作目を見せたら、王家を刺激する。どんな騒ぎになるかわかったものではない。
第二作目を上演し、「面白かったけど、何が問題だったんだ?」と言わせて沈静化を図った。
祭のついでに観光をし、現地の文化に触れることで、その土地が見直されていく。
王都とは違った休日の過ごし方が、徐々に広がっていった。
ある日、隣国の兄から手紙が届いた。
窃盗犯が、隣国の酒場で「王妃に頼まれたからやったのに、捕まっても助けてくれなかった」と漏らしていたという。




