街道をつなぐ物語
地方から王都へ商品を運ぶときは、納入品検査が行われる。危険物の排除が目的とされているが、その際に検査料を徴収される。
それを取り仕切っているのが王太子だった。
「辺境伯派」と目された領地の通行証を持っている役人や商人の扱いが、おかしくなった。
検査に異様なほど時間がかかったり、荷を没収されたり、検査料が相場の倍になることもあった。
干し肉やチーズが黴びたり、薬草が納品期日に間に合わず賠償金を請求されたりしているらしい。
私は巡業先でそのことを知った。
「また、王太子殿下からの嫌がらせ? どうしましょう。すぐに帰って対策を……」
私に冤罪をかけて王都を追放した。それだけでは足りずに、毎年私を悪役だと国立歌劇場で繰り返し人々に訴える。私を不幸のどん底に落としたいとでも言うの?
家畜の命も、酪農家の努力と手間暇も無駄にされた。
賠償金はいくらだったんだろう? 潰れないだろうか、大丈夫だろうか。薬草を待っていた薬屋さんも困ったことだろう。
「板芝居の内容が漏れて、王太子殿下は慌てているのね。
嫌な評判を立てられて、少しは私たちの気持ちをわかったかしら」
マルティナは、腕組みして得意げに笑っている。
「笑っている場合じゃないわ。関係ない領民たちに迷惑をかけているのよ。
領主一族として不甲斐ない。私が責任を持って、何とかしなくちゃ……」
そう慌てる私の手を、前領主夫人が両手で握った。
「ルチアリア様、落ち着いて。あなたは今、お仕事中なのよ。
板芝居を楽しみに待っている人、テントが届くのを首を長くして待っている人がいるわ。
税金や王族とのやり取りは当主たちに任せましょう」
ああ、そうか。恥ずかしい。
慌てて、予定も仕事も滅茶苦茶にしてしまうところだった。
「あなたはお若い。まだ二十代ですもの。難しいことや厄介なことは、年長者のやり方を見て覚えていけばいいのよ。一人の人間が背負える荷物は、それほど大きくないの」
「……ありがとうございます」
完璧を求められた王太子妃教育では、そんなことを言われたことはなかった。現役の王妃がいるのだから、少しずつ身につけるという余裕がないのはおかしい。
「素直でよろしい。商人は逞しいのだから、すぐに対策を考えますよ。
それでは、この土地の持ち運びやすいお菓子を用意したの。ティータイムにいたしましょう」
サロンに移動するとき、マルティナが内緒話をしてきた。
「お父様もお祖父様も、対策を考えているから大丈夫よ」
「それは……どういうこと?」
「叔母様には板芝居に集中してほしいから、言わないんですって」
マルティナはいたずらっ子の顔をして、これ以上は教えないと笑った。
「なによ、仲間はずれ?」
私はマルティナを追いかけた。
ところで、持ち運びしやすいお菓子というのは、板芝居を事業にするための準備の一つだ。
ある領地で、板芝居に関わりたいという青年がいた。
「あの、その語り手になりたいです!」
顔を真っ赤にした青年が手を挙げた。落馬事故で足を引きずるようになり、家業を継げなくなったと言うのだ。
「家に閉じこもっていたのですが、板芝居の迫力に感動しました。僕も、誰かを感動させることができたら、生きていてよかったと思える気がするんです」
板芝居で収益を上げたら、語り部を雇用することもできると気がついた。
では、どう収益を上げるか? 前世の紙芝居屋さんは、紙芝居を見ている間に食べる駄菓子を売っていたはず。
それからは、行く先々で食べやすいお菓子の情報を集めることにした。
事業の体制が整ってから青年を迎えに行こうとしたが、彼の両親に生活費を払うから連れて行ってやってほしいと頼み込まれた。
後継者から外さざるを得なくなった息子は、ひどく落ち込んでいた。そんな彼が、生きがいを持てるなら全力で応援したいと。
そんなわけで、王子役は青年がすることになった。私は魔女とナレーション。
板芝居の文字を三人並んで読むのは狭いので、台詞を言ったら場所を譲るという、忙しない上演になっている。
だが、かっこよさは断然、青年の方が私より上だ。淑女たちの黄色い声が飛ぶようになった。
この板芝居の王子は情けなくて、どちらかというと悪役のはずなのだけど……まあ、いいか。
イケメンがアイドルになるのは、当然の流れだものね。
頑張って低い声を出すのも大変だった。それから解放されて、喉の調子が良くなった気がする。
これ以降、彼と同じような境遇の人を採用していくことにした。
貴族でも平民でも領地内で仕事をするのが難しくなった、絵の上手い人や声のいい人。それからお菓子の管理ができる、菓子職人か食料品を取り扱っていた人。
三ヶ月後に一度辺境伯領に戻ったときには、板芝居がもう一組できていたので、二手に分かれて巡業に行くことにした。
ニコラは二つの板芝居を見比べて、出来映えに不満があるようだった。
「そんな、完璧主義じゃなくていいのよ。この複製だって、魅力的だわ」
複製を作った職人たちと、新しい職人たちを引き合わせた。
次に作るのは複製ではなく、王太子に言いがかりをつけられないように、設定を変更したいという話をする。
商人たちに影響が出たという話をしたら、誰もが驚いて憤慨していた。
「王族って、そんな卑怯なことをするんですか?」
「気に入らないというだけで冤罪をかけたりするの。こちらが用心しないとね。
こんな言葉も内緒よ。聞かれたら不敬罪とか言われて、大変なことになるから」
声を潜めて言うと、職人たちが真剣な表情に変わっていく。
「次の巡業に出るまでに、いい案が出ることを期待しているわ」
私はそうお願いして、ニコラと手を繋いで作業場を後にした。
「寂しかった? ごめんね」
「心配だったよ。ルチアの護衛は俺の役目だろ?」
「ふふ、そうね。会いたかったわ」
私が腕にしがみつくと、ニコラはホッとしたように優しい笑みを見せてくれる。
辺境伯の領主館は壁に囲まれている。その中の小さな別邸が、私たちの愛の巣だ。
そこでは、私は領主の娘ではなく、王太子の元婚約者でもない。ただ、ニコラに愛される妻でいられる。
私たちの護衛は辺境伯領で鍛えられた猛者なので、野盗にも充分対抗できる。それがわかると、商人たちが同行したいと言い出した。
王都に行くと赤字になりかねないので、仲がいい領地で商売をすればいいと発想を変えたという。
「商売ができれば、王都にこだわる必要がないと気がつきましたよ」
「護衛代がかからないのは、正直ありがたい」
そんな現金なことを言う商人もいた。
後日わかったことだが、商人たちが言い出す前に、領主同士で密約が交わされていたようだ。
父は王都の勢力争いに興味がないと思っていたけれど、なかなか頼りになる領主なのかもしれない。正直、見直した。
「目つきが悪くてがんばり屋さんのお姫様」の板芝居がどんどん広がっていく。
それと共に、王都を経由しない経済圏が確立しつつあった。




