板芝居の影響
ちょっと恥ずかしいけれど、必要なストーリーはこういう感じ。
「目つきが悪くて誤解されやすい婚約者は、こんなに努力していた。それを理解してもらえず、浮気されて、捨てられた被害者だ」という作品で、悪役令嬢という印象を払拭したい。
父と兄に相談して、しばらくは紙芝居を作ることに専念させてもらうことにした。
夫のニコラも「手伝えることがあったら言って」と、応援してくれている。
私が作るのは悪役令嬢の逆転劇、いわゆる「逆ざまぁ」のお話だ。それならば、前世の知識を活かして作れそう。
一から作るのは難しいけれど、この世界ならパクリと言われることはないので……。世界が違うから許して、と心の中で言い訳をする。
三頭身の絵なら書ける。起承転結も意識して、ストーリーを組み立てられる。
もしかして、私は前世で同人誌を作っていたのかも。前世の趣味がこんなところで役に立つとはね。
お話の構成が決まったら、実際に紙芝居を作る作業に入りたい。
そこで一つ、問題にぶつかった。丁度いい厚紙がないのだ。そもそも羊皮紙が主流で、植物紙を見かけない。
仕方ない。薄い板に描くか。
夫のニコラに相談して、紙芝居用の板と枠を作ってもらうことにした。
確か紙芝居屋には、絵画の額縁みたいな箱があって、劇場のような特別感があったと思うのだ。
落ち込んでいるマルティナを呼んで、色を塗る前の線画の板芝居を見てもらうことにした。
「うわぁ、ルチア叔母様。これは……何?」
初めて板芝居を見たマルティナは、目を丸くした。
ここは中世のヨーロッパのような世界だ。
デフォルメされた漫画チックな絵を初めて見たら、驚くだろう。
それから紙が高価なので、子供用の絵本がない。口伝のおとぎ話はあるが、乳母が語ってくれる程度。
板を順番に並べて、板の裏面に書いた文章を読む。一枚板をめくり後ろに回すと、その板の後ろに次のシーンの文章が書いてある。
アニメを思い出しながら、地声と高い声、低い声で演じる。一人芝居は楽しい。プロのような出来映えではなくても、子どもに読み聞かせるつもりで熱演した。
一枚ずつ進んでいくごとに、マルティナは前のめりになっていく。
その後ろで、作るところを見ていたニコラも驚いている。仕組みは説明してきたけれど、上演する姿までは想像できていなかったみたい。
最後の一枚が終わると、マルティナは目を潤ませて拍手してくれた。
「お姫様、頑張ったのね。辛かったわね。だけど、幸せになって、本当によかった」
マルティナの反応を見たら、成功の予感がする。
色付けを手伝いたいと、彼女から言われた。もちろん、大歓迎だ。
この国では夏は社交がお休みで、秋になると領地から王都に人々が集まる。
その移動の前に、辺境に寄りませんかと招待状を出した。
基本的には近隣の領地の貴族たちと、母の実家。兄と私が学園で友人になった人。それから我が領に療養に来たことがある貴族にも声をかけた。
学園を休学したマルティナに、社交の経験を積ませたいという目的もあった。
辺境伯領には騎士や兵士たち用の遠征グッズがある。
分厚いマットや大きなテントだ。これも前世の知識を元に改良を加えて、使いやすくなっている。
その新品をおろして、ピクニックを開催した。
景色がいい場所を選ぶ人もいる。食べ物に近い場所に陣取る家族もいる。それぞれ、好きなところに座って歓談してもらった。
辺境ならではの食材も、王都の人たちに馴染みのある料理もある。大自然の中の開放感は、王都での社交とは違う楽しさがあった。
テントを購入したいという申し出が、父や兄に寄せられていた。思いがけないところで、新しい産業が生まれたかもしれない。
昼食が終わり、まったりした空気になったので、子どもたちに声をかけて集まってもらった。
そこで、紙芝居ならぬ板芝居の上演を始める。
お姫様役をマルティナがやってくれたので、私は悪役の王子と浮気相手を熱演。ちょっとだけ、複雑な気分だわ。
途中で大人たちも集まってきた。そういえば、大人もこんなものを見るのは初めてよね。
結果は大好評。
大人たちは、私の話だと気付いたようだ。私を誤解していない人たちしか招いていないから、「あれは本当にひどかった」と話しているのが耳に入った。
子どもたちは、「思い込みで人を悪く言ってはいけない」という教訓話として受け取ったようだ。
「王子様ひどいね」
「婚約者は大切にしなきゃ」
「魔女の色仕掛けには要注意だぞ」
実は、王子の浮気相手の魅力がよくわからないので、魔女が魅了魔法を使ったことにしたのだ。
そのことを、王太子妃を馬鹿にしていると捉えられたら、不敬罪になるかもしれない。
他領に巡業に行くことを考えたら、その設定は練り直した方がいいだろう。
そんなことを考えていたら、社交シーズンに王都に連れて行かない家族がいる人たちに、領地の屋敷に行ってあげてほしいと頼まれた。
お話を練り直す時間はないけれど、快諾するしかないでしょう。
だって、成功して誤解が解けていったら、マルティナは復学できるかもしれない。
まあ、私たちと仲良くしてくれる人たちのご家族向けだから、いいわよね。
家族会議を開いて、私とマルティナが依頼された領地を回ることにした。
夫のニコラは護衛としてついていきたいと主張したが、板芝居の複製の指揮を執るために残ってもらう。絵が得意な人を集めて描いてもらえれば、同時に何カ所も回ることができるようになる。
旅芸人も寄らないような小さな集落にも行くことができたら、ものすごく喜んでもらえると思うのだ。
私たちの護衛には、退役した兵士たちに来てもらうことにした。孫を可愛がるように大切にされ、和気あいあいと楽しく移動する。
ついでに、注文を受けたテントも運ぶことにした。ピクニックに使用した物で構わないのですぐにほしいという人がいたのだ。
私たちが板芝居を上演し、兵士たちがテントの仕様説明をする。不思議な商隊のような様相になってきた。
「マルティナ。あなた前よりも元気になったわね」
学園に行く前より、という表現は避けた。
「お姫様を演じているうちに、胸を張らなきゃと思えたの。それに、見ている人たちから力をもらっている気がするわ」
ハッとした。
王太子妃になるには、人々からの応援も必要だったのかもしれない。
浮気相手のフローラは人を味方につけるのがうまかった。内心、軽蔑していたけれど、少しくらい見習ってもよかっただろうか。
いえ、彼女のやり方は男性受けに特化していたから、参考にはならないわね。でも、少しやり方を変えて、女性も視野に入れたら……難しいので考えるのをやめましょう。
とにかく、自分は王太子妃よりも、辺境で板芝居を作っている方が向いている。
努力するのは当然として、周囲に助けを求めたり、自分を知ってもらったりすることも必要だったのだろう。
一人でがむしゃらに走っていたら、いずれガス欠になってしまう日が来たに違いない。
領民の幸せはあれこれ考えられるのに、国の規模になるとなぜかぼんやりとしてアイディアが浮かばない。私の幸せは、生まれ育った辺境にあるのだと自覚した。
マルティナと一緒に成長できた気分になり、嬉しくなった。早くニコラに伝えたい。
でも、自分が同行できなかったから、拗ねちゃうかしら。
そんな私たちが知らない間に、「目つきが悪くて頑張り屋のお姫様」が社交界で話題になっていた。見たことのない斬新なものを、自慢する場所でもある。
板芝居を見た人たちは、思わせぶりに情報を小出しにしていった。珍しい話題を持つ者として歓迎され、招待状が増え、席順まで良くなっていく。
そして暗黙の了解で、王太子妃の取り巻きやマルティナを虐めた人たちからの招待は、優先順位を下げて応じる。
それは、板芝居の内容を尋ねられたら答えに窮するという面が大きいからだった。けれど、それを知らない人には、まるで辺境伯に敵対した人たちへの懲罰のようにも見えたらしい。
辺境伯は派閥を作ろうとしているのではないか――王都の貴族たちは勝手にそう受け取った。




