悪役令嬢の物語
辺境伯家は、元々あまり王都に出ることはなかった。かつて、社交の時期に隣国から進軍されたことがあり、社交を免除されているのだ。
私の母は王都から辺境に嫁に来たので、私たち子どもを学園に入学させた。あまりにも王都の動向を知らないでいるのは危険だと言っている。
下の兄は学園で出会った留学生と結婚して、隣国へ行ってしまった。
姪のマルティナは初めて王都に行き、王立歌劇場で舞台を観たそうだ。
毎年春に上演されるのが、「貴公子の真実の愛」という演目。貴公子が悪辣な婚約者を退け、真実の愛を育むという内容だった。
マルティナは、純粋にお芝居を楽しんだ。
だが学園が始まると、ニヤニヤと嫌な感じの笑顔で近づいてくる少女たちがいた。
貴公子は王太子で、悪辣な婚約者が辺境伯家のルチアリアだと言われる。
「ねえ。あなたの叔母様、性格が悪いんでしょう?」
「そんなことありません!」
マルティナは驚いて、反論した。
「あら、一族全員の性格が悪かったら気がつかないのじゃありません?」
「それもそうね」
おほほほと笑いながら、彼女たちは去って行った。
真実を知ろうともしない若者たちは、マルティナを「虐めてもいい存在」と位置づけた。
教室が変更になったことを教えない。文房具を隠して困っているところを嘲笑う。足を引っかけて転ばせる。
そんな、「つい、うっかり」と言い訳できそうなことを仕掛けてくる。
「そ、そんな……ちょっとした……ことで、負けたくなかったけど……」
マルティナは泣きながら、ごめんなさいと謝っている。
「小さな事でも積み重なったら、大きな事と同じになるわ。ただの視線だって、大勢の刺すような視線に動けなくなるものよ。
私の問題で、マルティナにまで嫌な思いをさせて、ごめんなさい」
「いや。これは王家の横暴だ。もう、見過ごすことはできない」
兄が、マルティナと妻をまとめて抱きしめた。
次の日、療養施設に行った。王都の情報を集めたいが、それだけのために王都に行くことはできない。往復だけで二週間、更に調べるために滞在することを考えたら……。
そこで、王都から来ている人に話を聞けばいいと思いついた。
リハビリの休憩中に、その人から話を聞くことができた。
「あれは、王太子殿下と王太子妃殿下の失敗を隠すために、毎年上演しているんだよ。
地方から来た子どもたちに、美談を信じ込ませるのに丁度いいだろう」
「それで、私はいつまで経っても『悪役令嬢』と呼ばれるのね」
「殿下たちは毎年新しい『やらかし』をしているから、まだまだ『悪役』を降りられないかもしれない」
気の毒そうに苦笑いされた。
「自分の頭で考える子や、あくまで物語だと区別できる子もいるだろうけれど。感情を動かされたことが真実だと思い込む人間もいる」
「そうよね」
「私のように、辺境伯領で世話になれば、王都の噂など馬鹿馬鹿しいと思えるんだが」
「馬車で一週間の距離は遠いわね」
「ある程度の金持ちじゃないと、療養できないからねぇ」
そして、宰相の息子も騎士団長の息子も、無事に王太子の側近になったそうだ。
同じような考え方の人間に囲まれていたら、反省する機会など訪れないだろう。
正妃の息子は王太子だけだが、側妃が第二王子を産んでいる。第二王子も学園に通っている年齢ではなかっただろうか。
もしかして、それで辺境伯令嬢が婚約者の有力候補と目されて、排除された?
実家に顔を出して、辺境伯である父に確認した。案の定、婚約者の打診は来たが断ったという。
「お父様、それをマルティナに教えてあげましたか?」
「……いや。必要ないと思って……」
「お父様。王都の人たちは辺境を舐めていますが、私たちも王都を舐めすぎたかもしれませんよ」
「だが、どうする? お前たちと違って、俺は王都なんか数回しか行ったことがないんだぞ」
「考えます。何か、対抗できるものを」
夕食を終え、お風呂に入りながら考える。
歌劇は、前世でいうオペラやミュージカルのようなものだ。音楽と歌と演技。煌びやかな舞台に、華やかな衣装。
心に訴えかけ、正義は美しく、悪は醜く描かれる。悪が滅びたときに拍手喝采が起きる。
それをどう覆す?
こればかりは武力で制圧すればいい、というものではない。逆に、より悪役らしくなってしまう。
王都に集まる才能、技術、資本力。そんなものは辺境にはない。
そもそも王立劇場と同じレベルの舞台を作ることが不可能だ。
仮に小さな劇場を辺境に作ったとしても、観に来るのは領民だけ。それでは意味がない。
昭和の頃に、紙芝居屋が子どもたちに大人気だったことを思い出した。モノクロの写真で見た気がする。
「そうよ。私の物語は、私が語らなければ」
私が黙って去ったから、勝手に悪役を割り振られた。
時間とともに悪い噂も風化すると思っていた。だから、放置してきた。
そうでないなら、対策を考えなければ。これ以上、辺境伯家を利用させてはいけない。
それなら、逆に考えようか。
紙芝居なら持ち運びが簡単だ。王都に行けない人たちにも、見てもらえる。
サーカスのように巡業して回ったら、いつの日か歌劇場の影響力を上回ることができるかもしれない。
客を待つのではなく、こちらから押しかけてやるの。
私の手で、悪役令嬢の物語を終わらせるために。
「ルチア、大丈夫かい? のぼせてない?」
浴室の外から、夫の声が聞こえた。




