辺境で幸せになったはずでした
学園は中退し、そのまま辺境へ戻った。
国王からすぐに書簡が届いたが、すべて父親である辺境伯が対応した。もう、年若い当事者ではなく、当主同士の話し合いだ。
私を丸め込んで婚約破棄をなかったことになど、させない。
そもそも、こちらが乗り気ではなかったのに婚約してあげたのだ。二度目のチャンスなどあげる必要はないだろう。
父は王都の情報を掴んでいなかったことを詫びてくれた。
馬車で一週間もかかるし、私が自分で解決しようと意地を張ってしまったのだ。
王妃はことあるごとに「王太子妃ならこれくらいはこなせないと」と言ってきた。負けず嫌いを利用されたのだと思う。
私は王都に迎えに来てくれた、幼なじみのニコラと結婚した。
母は「よく帰ってきた」と抱きしめてくれたあとに、「ぼーっとしているとまた変な縁組みが持ち込まれるわよ」と脅してきた。
私は震えて「もう、嫌だわ!」と反射的に叫んでしまう。
本当に王太子は最悪だった。面と向かって悪口を言ってくるし、辺境伯の意味も知らない馬鹿だし、浮気者だし。
父にニコラと結婚したいというと、「戻ってきたばかりなのに」と唇をとがらせたが、反対はされなかった。
「え、でも、お嬢様はさ……」
ニコラは頭をかきながら、そっぽを向く。
「何よ? 婚約してたけど、キスも何もしてないわよ」
「女の子がそういうことを口にするんじゃありません。――俺、四歳も年上だぞ」
「王太子が辺境まで乗り込んできたら、私を差し出すつもり? そんなことになったら……」
と言いかけたところで、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
ニコラは子爵家の三男なので、自分で得た一代限りの騎士爵だ。結婚式は簡素に、親族だけ。
その代わり、祝宴がすごかった。騎士団と領民がお祭り騒ぎ。
兄と義姉は、貴族同士の結婚式だから、格式に則ったものだった。そういう縛りがないものだから、村祭りのもっと豪華なやつという感じで無礼講。
ニコラがお酒を飲まされすぎて初夜ができなかったことは、一生からかってやろう。
いずれ兄を補佐できるように、私たち夫婦は領地経営に携わっている。
私の学園での友達が急に退学したのは、不審者に襲われたせいだとわかった。辺境伯領では怪我のリハビリが発達している。
前世の知識で、適切な訓練で元の生活に戻れる可能性があると父に子どもの頃に伝えたのだ。私には具体的なやり方はわからなかったが、騎士たちは体の使い方に詳しく、医師と相談しながらやり方を編み出していった。
その療養施設に友達を二人とも招き、一人は辺境伯領の騎士と恋仲になった。
もう一人の子は、酪農が盛んな領地のご令嬢だ。療養施設から帰ったあとで、農機具をたくさん送ってくれた。
手紙には「最新情報を調べるのは領主の役目です」と苦言が書いてあった。
それを父に見せたら、眉を寄せて渋い顔をするので、笑ってしまった。
辺境の人間関係も、いろいろある。ぶつかったり、策を練ったり、悪いことをする人だっている。
けれど、自分で納得して生活できるのは、幸せだ。
王都で暮らした意味があるとしたら、この辺境での日常がありがたいと改めて思うようになったことだろう。
王太子に舌打ちをしたくなる度に、幼なじみはいい男だったんだとしみじみ思うようになったし……。これは惚気か?
十七歳で結婚したが、なかなか子どもができなかった。
数年は「まだかしら、楽しみね」と言われていたが、だんだん言う方も言われる方も笑えなくなってくる。このときばかりは、辺境ならではの距離の近い人間関係が煩わしく思えた。
前世のように高度な不妊治療の技術は存在しない。知人が心身共に辛いし、資金的にもしんどいと言っていたことを、ぼんやりと思い出した。
ニコラは「それなら夫婦二人で仲良く生きていこう」と言ってくれた。
「俺たちは後継者を作らないといけない立場じゃないだろ」
「もう。もっと『お前を独占したいから』とか、ロマンチックなことを言ってよ」
私はエプロンで涙を拭いながら文句をつける。
「あー、そういうのは……無理だろ」
両手を挙げて、降参のポーズをする。
「挑戦する前から降参するのは意気地なしだ」
泣いてしまったことが恥ずかしくて、ニコラを責めて誤魔化した。
「そういうことを言う、意地悪な口は……」
と、唇で黙らせられた……。
その分、兄の子どもたちを可愛がった。
姪のマルティナが王都の学園に行くことになった。十五歳から十八歳まで、寮で暮らす。
学園に通うのは義務ではないので、兄たちは心配で通わせたくないようだった。
「でも、お父様もルチア叔母様も通ったのでしょう?」
「私はいろいろあって、途中で辞めたのよ」
「それなら、私も駄目だったら帰ってきます」
私たち大人は、顔を見合わせた。心配だからと、子どもに挑戦させないのは過保護かもしれない。もう、応援することしかできないと諦めた。
私の友人たちが通学や休日に襲われたため、護身術をしっかりと復習させた。
舌戦の躱し方も少しだけ手ほどきしたら、「面倒くさいやりとりね?」と首をかしげていた。
辺境伯を継ぐのは彼女の弟だ。婿入り目当てで近づいてくる者は少ないはず。
あれから九年も経っているから、私が王太子の婚約者だったことなど覚えている者は少ないだろう。
心配は尽きることがない。覚悟を決めて、笑顔で送り出そうと決めた。義姉の方が、私より不安なはずだ。
「ルチア叔母さん、行ってくるわ。お土産を楽しみにしてて」
このときに私はマルティナに、自分の過去の話をするべきだった。
姪が夏期休暇に入る前に泣いて帰ってきたのだ。
「悪役令嬢の親戚だから」と意地悪をされたと。
「……私のせいだわ」
義姉に抱きついて泣きじゃくる姪に、合わせる顔がなかった。




