甘い朝
楽しくも人生のターニングポイントといえる旅行から家に帰ってくると、やはり泊まりの遠出というのは無自覚で疲労が溜まるらしい。
家に帰り部屋のベッドに横になると、すぐさま夢の世界へと旅立った。
深い眠りについたのだろう。夢は見なかった――。
ふと、気が付くと、良い匂いがする。ずっと嗅いでいたい心安らぐ匂い。
その匂いに気が付き、俺はぼんやりと目を開ける。
「あ、起きましたね」
「しず……く……?」
まだ覚醒しきっていない寝ぼけた声を出すと目の前の整いすぎている顔を持つ美少女は微笑んだ。
「はい。雫ですよ」
「――あれ……? ここ……俺のベッド?」
「はい。ここは時人様のベッドで間違いありません。私は時人様の寝顔が見たくてベッドに潜り込みました」
「――そう……なんか……」
まだ頭が回っていない頭で答えると雫が真顔で言ってくる。
「勘違いしないでください。私は時人様とキスしたくてここにいるんですからね」
「え……。そっか……」
「はい。だから『おはようのキス』してくれても良いんですよ?」
「うん」
俺は答えると雫におはようのキスをする。
すると雫は幸せの絶頂の様な顔をして俺の腕にしがみつく。
「時人様大好き!」
「俺も雫が好きだよ……」
「大好きじゃなくて?」
「大好き」
「えへへ……。なら頭撫で撫でしてくれても良いんですよ?」
言われた通り頭を撫でるとまるでワンコの様に懐いてくる。
おかしいな……。雫ってどっちかと言うと猫の様な雰囲気だったはずだけど……。ま、これはこれで可愛いから良いか。可愛いは正義だもんな。
段々と意識は覚醒していき窓から入ってくる光に目をやる。
「そういや……。今何時?」
「朝の10時位です」
「もうそんな時間か……。てか、良いのか? こんな時間までベッドにいて。いつもなら色々とやる事あるって言って働いてるのに」
「良いんです。私の仕事は時人様とイチャイチャする事なのですから」
「そりゃ間違いないな」
言いながら俺は雫の頭をもう1回撫でると雫は俺の肩の辺りをスリスリと顔を擦り付けてくる。
すると俺の腹の虫が鳴き出した。
「ふふ。お腹空きました?」
「空いたな」
「それじゃあすぐに朝ごはん作りますね」
そう言って雫はベッドから出た。それに続いて俺も立ち上がる。
しがみついていた腕の温もりが無くなり名残惜しさを感じていると、部屋を出ようとした雫が戻ってきて俺に抱き付く。
「こうすると今日の朝ごはんは美味しく出来そうな気がします」
「いつも美味しいぞ?」
「いつもの何倍も美味しくなるんです」
「じゃあこうしたら?」
そう言って早くも本日2回目のキスをする。
「――ふふ。こんな事されたら最高傑作が出来てしまいまよ」
「楽しみだ」
♦︎
ダイニングテーブルに並べられた朝ごはんはいつも通りのメニュー。
ご飯に味噌汁。タコさんウィンナーに玉子焼き。そしてサラダと見慣れたメニューだ。
ただ、いつもと違う事がある――。
「雫?」
「はい。何ですか?」
「近過ぎない?」
「そうですか? 普通の距離だと思いますよ?」
雫はいつもの席には座らずに俺の隣に座り、椅子を引っ付け、太ももと太ももを密着させ、肩と肩が触れ合う距離に座ってくれている。
「雫が言うならそうなんだな」
「はい。普通です」
普通に答えると雫は玉子焼きを箸で摘んで俺の口元に持ってくる。
「時人様。はい。あ〜ん」
「あ〜ん」
運ばれてくる玉子焼きを俺は素直に食べる。口の中に入れた玉子焼きはいつもの何倍も甘い。
「雫? 今日の玉子焼きは砂糖多め?」
聞くと雫は可愛く首を傾げた。
「いえ、そんな事ありませんよ? いつも通り作りました」
「そっか。何でだろう。いつもより甘く感じる」
「何でですかね?」
首を捻った雫は可愛らしくパンと手を叩いて「あ、もしかしたら」と呟いた。
「もしかしたら?」
「ふふ。内緒です」
「なんだよー。教えてくれよー」
「恥ずかしいからダメです」
「気になるな……」
「なら『これからもずっと雫の美味しい料理が食べれるなんて俺は世界一幸せな男だ』って言ってくれれば教えてあげなくもないです」
「これからもずっと雫の美味しい料理が食べれるなんて俺は世界一幸せな男だ。雫、愛してる」
「えへへ……時人様ぁ……」
猫なで声で犬みたいに懐いてくる。見た目美人なのに可愛い過ぎる。
「雫? もしかしたら何なんだ?」
「はい。作っている時にですね? 時人様の事を思いながら作ったからかも知れません」
そう言い終わった後に少し慌てて追加してくる。
「あ! 勘違いしないで下さいね! 料理の時以外もずっと時人様の事を思っていますからね!」
そりゃ玉子焼きも甘くなるな。
「はい。時人様。次はタコさんウィンナーですよ。あ〜ん」
「あ〜ん」
そんな胸焼けしそうな位に甘い朝食をかなり時間をかけて食べたのであった。




