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夢の中(後編)

 あてもなく走り出した。陽はほとんど沈んでおり、辺りは薄暗くやってきている。子供はもう帰らないと行けない時間になってきていた。


 そんな時間帯に雫を見つけた。


 住宅街にある児童公園。小さいこの公園で遊んだ事はほとんどない。

 そんな公園の数少ない遊具であるブランコに座り、雫はランドセルを背負ったまま俯いていた。


「良かった……」


 何よりもまず思った俺の思い。なぜ雫がこんな所にいるのか理由は分からないが、なんにせよ、俺は雫の姿を見た事により大きく安堵した。


 しかし、ただ、安堵しているだけではダメである。

 俺は1息吐くと彼女の方へと向かった。


 雫はゆらゆら自然とブランコに揺られている。

 目の前に立ったと言うのにこちらに気が付いていない様子だ。


「雫?」


 出来る限りの優しい声をかけた所、ビクッと身体が反応してゆっくりと顔を上げる。


「ハル……くん……」


 その声は弱々しく今にも消えてしまいそうな印象。

 そして、触ると粉々になってしまう氷細工の様な、そんな雰囲気が出ているので、俺は慎重に声をかけてやる。


「良かった……。携帯も繋がらないから心配してたんだぞ」

「携帯……?」


 雫は今気が付いたみたいで、ポケットから携帯を取り出して画面を開く。


「――あ……そっか……。携帯も止められたんだ……」

「止められた?」


 彼女の呟きに違和感があり疑問の念が飛んだ。


 何でいきなり携帯を止められたのだろうか……。


「雫? 何かあったのか? 朝から元気無いしさ……」

「――ないの……」

「え?」


 彼女の声は小さく全くと言っていいほど聞こえなかったが、次の瞬間、雫の瞳からは堪えてた物が耐えれなくなり、それでもまだ我慢しているかの様に一筋の涙が流れた。


「いないの……。お母さん……。お父さんも多分いない……。2人共家に帰ったらいないの……」

「いないって……どういう――」

「わかんない! ――わかんないよぉ……」


 雫はいつもの可愛らしい顔を歪ませて泣きじゃくった。


「雫……どうなるの……かな? これから……どうしたら良いの……かな? 何処かの施設に……入れられるのかな? ――ハルくんと……お別れしなきゃいけないの?」

「――っ!?」


 雫の言葉で俺は胸を切りつけられた様に痛みが走った。


「いやだよ……。雫いやだよ!! ハルくんとお別れなんていや……。ハルくんの隣は雫で――プロ野球選手になったハルくんを支えるのは雫で――ハルくんとお別れなんて絶対いやだよ!!」

「雫……」

「なんで!? どうして!? なんでなんでなんで!? 訳わかんないよ!? 何で……いきなり……こんなのって……ないよ……」


 嘆く雫に対して、俺は1つの提案を思い付いた。


 ――だけれども、こうなると今までの関係とは少し違ってしまう。

 だが、この時の俺の脳内は雫と別れたくないという感情だけで動いており、これしか方法がないという固定概念に縛られていた。


「雫? 俺も雫と別れるなんて絶対嫌だ。だからさ――」


 俺は泣いている雫に手を差し伸べた。


「俺のメイドになってくれ。そしたらずっと一緒にいられる」


 この言葉を聞いて雫は、あっけらかんとしていた。泣きじゃくるのをやめて、ただ呆然とこちらを見てくる。


「――メイドになったらハルくんとずっと一緒?」


 疑問点は幾つもあったと思う。だけどこの時の雫に取っての最優先事項が俺と一緒にいる事だったのだろう。


「誓うよ。ずっと一緒だって」


 そう言って微笑んでやると、雫は涙を拭い、俺の手を取り立ち上がる。


「雫なるよ。ハルくんのメイドに。それでハルくんの側にずっといられるなら――」


 そう言った雫の目は涙で腫れてしまっていたが、いつもの雫の笑顔を見せてくれた。




♦︎




 蒸発した雫の両親のその後は全く分からない。生死不明の状態。蒸発した理由も明白ではない。

 調べればすぐに分かる事だが、調べた所で今の雫には何のメリットもないし、知りたくもないだろう。ただ単純な答えとして彼等は雫を捨てた。それだけだ。それだけがシンプルな答えであり絶対に許されない事である。

 だからわざわざそんな事をしても雫が悲しむだけだし、そんな事は無意味である。

 彼女は今は堂路家に仕える優秀なメイドなのだから――。




 ――場面は切り替わり、俺は実家の自室で親父と何か話をしている。

 今の俺とあまり変わらない風貌から中学2年位だろうか。

 

「そろそろ彼女とか出来たんか?」

「彼女? まさか……」

「ははは! でも、そろそろ周りに彼女とか出来てきて自分も欲しい年齢じゃないか?」

「それは……。ちょっとあるかも……」

「彼女を作るのは結構。恋愛は自由。でもな……」


 親父は歯切り悪くなった後に言ってくる。


「雫と付き合うなら良く考えろ?」

「雫? いや、まぁ……。えっと……なんで?」

「勿論、雫と付き合うのは大いに結構。むしろ付き合って結婚してくれたら良いとも思う。でもな――絶対結婚する訳じゃないだろ? 付き合っても別れてしまう場合もある。そうなったらお互い気不味いよな? でもな? 雫の家族は――雫の家は今はここだ。ここが雫の居場所だ。あの子にはここしかないんだ。これ以上雫を悲しませたらダメだ。だから、雫との関係を進めるには覚悟がいるぞ。それだけは頭に入れておけ」

「――覚悟……」

「はは。まぁお前も大きくなったし一応な。誰と恋愛しようが俺は構わないよ。ただそれだけは言っておこうと思ってな。雫は俺の大事な娘でもあるから」


 思春期の俺には親父の言葉が響いたのであった。


 特に『覚悟』という言葉が――。

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