夢の中(前編)
夢を見ていた。
この夢は夢と自分で認知出来る夢。
恐らく隣で雫が寝ているから緊張して深い眠りに入れなかったのだろう。
辺りの景色は薄く霧がかかった様な、古いビデオを見せられている様な、そんな風景。
ここは――俺の実家の近くの住宅街の一角だ。そして俺が立っているのは――。
「あーあ。また雫の方が早いや。ふふ。ま、良いや。ハルくんの事待つの好きだし」
俺の真隣に立つピンクのランドセルを背負った見覚えのある可愛い少女。間違いなく昔の雫だ。小学――2年? 3年位の雫である。
そう、ここは雫がメイドになる前、毎日学校へ行く待ち合わせ場所である。
俺が真隣にいる事に気がついていないという事はこの世界で俺は存在しない――っていう設定っぽいな。
しばらくすると「雫ー!」と黒のランドセルを背負った昔の俺が急ぎ足でやってくる。
なるほど、どうやらこの世界は第3者視点から見ている世界らしい。
「あ、ハルくん、おはよー」
「おはー。時間ぴったりじゃね?」
幼き俺はランドセルに吊るしてあるキッズ携帯を時報代わりに見て自慢げに言う。
「そだねー。雫も今着たとこだし」
嘘である。この年齢から彼女は気遣いを覚えている。
「流石、やっぱ俺達おなななじみだな」
「ふふ。それを言うなら幼馴染だよ」
雫が可愛く笑うと「そだっけ? たはは」と頭を掻きながら学校へと足を向けた。
この年の俺は阿呆だな。
「あ、ハルくん。ハルくん。昨日ね新しいゲーム買ってもらったんだ。お父さんとお母さんがハルくん連れておいでって言ってた」
ズキっと雫の口から両親の名前が出て痛くなる。この頃は良かったな……。
「へぇ。まじかー。今日行っても良い?」
「勿論だよ! あ、晩ご飯も食べて行く?」
「うん。お母さんに言っとくよ。なんなら雫の家なら泊まろうかな」
「おいでおいで。――あ、それなら、今度ハルくんの家に行ってみたいな」
雫の言葉に幼き俺は下手くそな笑みを浮かべる。
「あ、あはは。俺の家はちょっと……」
「やっぱりダメなんだ……」
「ごめんな……」
「ううん。雫の方こそごめんね。ダメって分かってるけど言っちゃって」
「ううん。そんな事ないよ。雫は何も悪くないよ」
「――ハルくんの家には行けない代わりに今日は一緒に寝てくれる?」
「うん。良いよ」
なに? こいつら付き合ってんの? この年でリア充なの? 爆発しろよ。あ、これ俺だわ。
こんなラブラブな会話してたんだな。
しかし、なんだな……。この1、2年後には強制的に俺の家に来る事になると思うと皮肉なもんだ。
そんな2人の後ろを不審者の様について行くと段々と視界がホワイトアウトしていった。
♦︎
ホワイトアウトした視界が段々と晴れていき、俺は先程の待ち合わせ場所に戻って来ていた。
目の前には先程の雫よりも少しだけ大人びた雫の姿がある。
雫はいつもの待ち合わせ場所で俯いていた。
まさか――。
「しーずくー!」
ちょっとだけ大きくなった昔の俺が呑気な声で彼女の前に立つ。
「うぃっすー」
「――おはよ。ハルくん……」
「ん? どした? 何か元気ないな」
「あ、ううん。ごめんね。あはは。ちょっと眠くて」
「うぇー。珍しいな雫が朝眠たいとか言うの。てか、初めてじゃない?」
「そ、そうかな? ――ふぁーあ……。昨日ちょっと夜更かししちゃって」
「んー? それまた珍しいな」
「あはは。たまにはね……」
――間違いない。この会話は忘れない。
朝強い雫が嘘を吐いた日……。間違いなくあの日だ……。
♦︎
――いつの間にか俺は小学校の教室にいた。
小学校の教室ってこんな感じだったかな? 懐かしい様な、何だかちょっと違う様な気がする。
ま、夢の中なのだから多少の記憶違いはあるのだろう。
「雫?」
放課後になっても雫は席から立つ事なく、元気がやい様子で座っていた。
毎日一緒にいる俺はこの時の雫の様子がおかしい事に勿論気が付いていた。
「――ハルくん……。雫帰りたくない……」
家族が大好きな雫がこんな事を言うのは初めてで俺は子供ながらに困惑したのを覚えている。
「じゃあキャッチボールに付き合ってくれよ」
俺は深く聞くのは悪いと思ってそう誘ったんだ。
「キャッチボール? 別に良いけど……グローブないよ?」
「体育倉庫にあるの見つけたんだよ。先生に言って借りようぜ」
「――うん!」
そして2人で夕暮れまでキャッチボールした。
♦︎
「――じゃあな雫」
「うん……」
夕暮れ時。いつもの待ち合わせ場所――帰りの分かれ道。
今日1日元気の無かった雫と分かれるのは忍びないが、帰らない訳にもいかない。
そんな彼女の後ろ姿は消えてしまいそうな嫌な予感がした。
しかし、この時は両親と喧嘩でもしてしまい、ちょっとテンション下がってる位だろうと思い、あまり深入りするのも悪いので帰路に着く事にしたんだ。
だけど、家に着く前にどうしても雫の事が気になり、俺は彼女の携帯を鳴らしてみる。
しかし、おかしな事に返ってきたのは『おかけになった電話は――』の機械音声。
それで悪い予感がして俺は走って彼女の家に走った。
優しい雫の両親がいる温かい家。通い慣れた家。俺の事を息子なんて言って出迎えてくれる家。
そんな普通の一戸建てのインターホンを鳴らす。
いつもなら優しい雫のお母さんが出て『ハルくん。いらっしゃい』なんてすぐに言ってくれるのに、この日は誰も出なかった。
誰も出ないのはおかしい。両親がいなくてもさっき分かれたはずの雫が家にいるはずだ。
俺はもう1度雫の携帯を鳴らしてみるが結果は同じ――。
「――雫っ!?」
悪い予感がして俺はあてもなく走り出した。




