旅行(部屋の様子が……)
「あれだよな。旅館とかのテーブルにある和菓子って縁側のソファーに座って食べてしまうよな。勿論浴衣に着替えて」
良いながら俺は縁側のソファーに腰掛けて、備え付けの和菓子の袋を開ける。
「それは時人様だけかと」
そう言いながらも浴衣に身を包んだ雫は俺の正面に座り和菓子を食べてお茶をすする。そして縁側から見える日本海を見た。
「良き……ですね……」
「良き……だな……」
俺もお茶をすすりながら窓の外を見た。
「この後はどうします?」
茶碗を置きながらこちらに問いかけてくる。
「そうだな……。もう風呂も入ったし、なんやかんやもうすぐ飯の時間じゃない?」
そう問いかけると「あ、そうですね」と雫は時計を見ながら答えた。
「新鮮な海の幸が盛り沢山だよな」
「ふふっ。食べれますか? 昔、刺身とか出てきた時は『しずくぅ。たべてくれぇ』と良く泣きつかれたものです」
「おいおい。今はもう刺身好きだわ。ただの食わず嫌いだっただけだよ」
「ま、今でも食わず嫌いは多いみたいですが……」
ジト目で見てくるので俺は苦笑いを浮かべながらもう1度茶をすする。
「そういや飯はここで食うのかな?」
「いえ。時正様は宴会場で食べたいと仰っておられたので宴会場を予約しております。変更等は特にはしていません」
「え? ――って事は2人で宴会場?」
「2人でです。そうだ、カラオケでも歌って下さいよ」
「いや……良いや……。――そういや雫とはカラオケだけは行った事ないよな?」
「はい。ありませんね」
「ボーリング、ビリヤード、ダーツ……。バッティングセンターもあるか……。カラオケだけないな。こんだけ長い付き合いなのに」
「時人様は野球をしていましたし、私はお仕事がありましたからね。合う機会は多くはありませんでしたね」
「あんまり意識してなかったけど、雫って何歌うの?」
「普通ですよ……」
そう答えて日本海を見る。
「普通の女性アーティストですよ……」
遠い目をする彼女は一体何を意味しているのだろうか……。
「――あ、そういえば大浴場どうだった? 男湯の方は広くて快適だったぜー」
「女湯の方も良かったですよ。確か明日の朝には男湯と女湯が入れ替わるのですよね?」
「そうそう。明日は早起きして朝風呂と洒落込むわ」
「起きれるのですか?」
「――雫さん。お願いします」
「全く……。朝風呂と洒落込むならメイドを使わないで下さい」
「たはは。そう固い事言うなよー」
――ピリリリリリリ!
そんな笑いが出た所、部屋に置いてある内線が鳴り出した。
俺はビクッとなったが雫は平気な顔して内線に出る。
「――はい。――はい。あ、構いませんよ。はい。分かりました」
簡単な返事を終えるとこちらに戻ってくる。
「食事の準備が出来たみたいです」
「それって普通女将さんが部屋まで呼んで来てくれんじゃないの?」
「この部屋は広いですからね。玄関からの呼びかけが届かないのだと思われます」
「あー……。なるほど……。中までズカズカと入って来るわけにはいかないもんな。それなら納得――っと」
言いながら立ち上がると雫が言ってくる。
「あと、宴会場なのですが、2人用の個室に変更して欲しいと言われたので了承しておきましたよ」
「あはは。そりゃ2人で宴会場使われるなんて向こうも嫌だわな。それなら部屋でも良かったんじゃない?」
「それだと追加料金が発生すると思われます」
「飯の運び代がいるのね。ま、飯食うのは何処でもいっか」
「あ〜ん。してあげましょうか?」
「逆にしてやろうか?」
「出来るものならしてみて下さい」
「よし。お前の大好物のイクラを1粒あ〜んしてやろう」
「いや……。1粒って……。それなら数個して下さいよ」
「あはは! だなー」
そんなくだらない話をしながら食事へ向かった。
♦︎
「――こりゃまた……。流石は3つ星旅館なこって」
食事を終え、部屋に戻るとつい嫌味な言い方が出てしまう。
食事は最高だった。新鮮な海の幸。そこら辺の刺身とは比べ物にならない位の美味しさ。口の中に運んだ瞬間に脳の中には深海の風景が映し出されてしまう程だ。海老なんてまだ動いていたし、プリプリって言うことなし。
それに加え牛肉も出てきたのだが、これがまたうまいのなんのって。
口の中で溶けると言った表現はこういう時に使うのだと思い知った。ただお肉の量は少ないのが残念だが、その分海鮮の量がかなり多く食べきれない程である。
あと、旅館の茶碗蒸しって超美味しいよね。
そんな大満足で部屋に戻ると気遣いの出来る女将さんだが、仲居さんだが分からんが――布団が1つしか敷いてなかった。
「私達が恋人に見えている――という事でしょうか?」
「まぁ側から見たらそう見えるだろうな。プラカードぶら下げて『主人』と『メイド』って書いてりゃ別だろうが……」
訳の分からない事を言って俺は「内線でもう1つ持ってきてもらうか」と電話に向かおうとした所――浴衣の袖を掴まれる。
振り返ると雫が俯いていた。
「雫?」
「わ、私は……別に一緒でも……構いませんよ?」
そして俺を見る雫の顔は真っ赤に熟したリンゴよりも赤く、瞳は恥ずかしさを抑えられていないのか、輝いていた。
「一緒に……寝るの?」
「ダメ……ですか?」
「ダメじゃないけど……」
むしろこちらとしては全然良いんだけど……。
「雫は良いのか?」
俺の質問に無言でコクリと頷いた。
雫と同じ布団に入る。
すぐ隣には雫がいて、布団の中は雫の温もりで包まれている。
自分で言っておいて恥ずかしいのか、雫は俺に背を向けて寝転がっていた。
俺は意外にも冷静であった。
真隣には絶世の美女。
シュチュエーション的にはかなり美味しいのだが、何故だろう。雫の真隣は落ち着くというか……。例えるならば森林の奥深くの滝の前で感じるマイナスイオンの様な……。心地よい香りのアロマテラピーの様な……。そんな感じである。
付き合いが長く、彼女の匂いや温もりは俺の性欲を掻き立てるのではなく、心を落ち着かせてくれる慣れ親しんだものとなっているのだろうか。
雫が寝返りをうち、こちらに顔を向けてくる。
彼女の寝顔を見た瞬間――あ、嘘。無理。全部綺麗事。性欲出てくる。めっちゃ可愛い。抱きたい。やーばーばー。やばーい。
俺が今、雫を抱いても彼女は受け入れてくれるだろう。
――だけど……。我慢だ……。あの時誓ったろ……。
俺は耐える様に目をギュッと強く閉じたのであった。




