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旅行③

 ザザー……。ザザー……。


 波の音が聞こえる砂浜。そこに旅館で借りたレジャーシートとパラソルを立ててしっとりと波の音を楽しむ。


 海にはあまり来ないが、海といえば混雑していて何だかお祭りみたいに騒がしいイメージがあるが、ここは人が少ない――というか、遠くの方に5人家族の1組がいるだけでほぼ貸し切り状態だ。


 俺がパラソルの下で小さな兄妹達がキャキャと波打ち際で遊んでいるのを観察していると隣でお洒落なパーカーのラッシュガードを着ている雫が考察を述べる。


「高級旅館ですし、場所的にも若者が集まる場所というよりは企業の前線で活躍されていた方々が多い印象です。実際旅館の中もそうでしたし、恐らく私達と年が近いと言えばあちらの家族様と言えるでしょう」

「高級旅館だから若者は来にくいか」

「今はリーズナブルな旅館も沢山あるので若者はそちらに流るのではないかと思われます」

「ま、そのおかげでほぼ貸し切りなんだから文句はなにもないな」


 そう言って海を眺める。


「海なんて久しぶりですね……」


 雫は目を細めて髪を耳にかけた。


「どっちかと言うと夏といえば遊園地のプールでウォータースライダーしまくってた思い出の方が強いな」

「確かにプールばっかりでしたけど、海もありますよ?」

「そっか……」


 俺が答えると雫はこちらを見て来て不審な表情を見せる。

 そして立ち上がり俺に手を差し伸べる。


「折角海に来たんです。泳ぎましょ?」

「――ああ。そうだな」


 彼女の手を取り立ち上がると雫はラッシュガードを脱いだ。

 そこには性格とは間反対の純白のビキニを纏った雫の姿があった。


 雫の事は身内贔屓を差し引いても綺麗だと思っている。

 しかし今の水着姿の雫は何だか俺の知っている雫ではないのではないかと思う位に美しかった。


「――な、なんですか? どうせおっぱいが小さいとかそんな事思ってるんでしょ?」

「綺麗だな……」


 本当にナチュラルに心の底からの言葉が出てしまい、数秒後に「あ……」口元を押さえてしまう。


 そんな俺の反応に対して次の瞬間、旅館で借りたビーチボールが顔面に飛んでくる。


「――ぶっ!」

「あはは! 油断大敵です!」

「――のやろー!」

「あははー!」


 雫は海の方へ逃げて行くので俺は彼女を追いかける。


 雫は海の中に入って行くと「それっ! それっ!」と手で水をかけてくる。


「ちょ! 卑怯だぞ!」

「それっ! うふふ!」

「――ぶっ! しょっぺー」

「あははー! 間抜けですねー」

「しず――ぶっ。く――ぶっ」


 雫に近づいて行くと容赦なく水をぶっかけられる。


「おお! 凄い! これだけかけても耐えるなんて」


 それでも耐えて彼女に近づくと彼女の手を握る。


「は、時人様?」


 そのまま彼女を引き寄せると雫の顔が俺の胸にうずくまる。


「え? えええ?」


 あたふたする雫をよそに俺は彼女をそのままお姫様抱っこする。


「キャ!」


 いきなりの事に雫は小さな悲鳴をあげた。

 そんな彼女を無視して俺はそのまま奥の方へ進んでいき――。


「せえええのおおお!」

「キャアアア!」


 彼女を思いっきり投げた。


 ザッブーン!


 水飛沫を上げて雫は沈んで行った。


 すぐさま海中から出てくるとカッコよく髪を掻き分けてこちらを睨んでくる。


「はーるーとーさーまー」


 怖い声を出してこちらに近づいてくる。


「お! 美女がビショビショ」

「やかましい! です! 髪の毛濡らさないでおこうと思ったのに!」

「あはは! そうなん? ま、良いじゃん。宿そこだし」

「うふふ」


 美しい微笑みで俺の手を握ってくるとそのまま引き寄せられる。


「――えいっ!」

「お!?」


 掛け声と共に雫は俺をお姫様抱っこしてくる。


「いやいや! お前凄いな!」

「――ぼいっ!」

「うおおお!」


 軽い掛け声と共に俺は海の中へ投げれる。


 ザッブーン! ブクブクブク。


 海の中は太陽の光で明るかったが塩水なので目に入ると痛かった。

 泡と一緒に海面まで上がると雫が爆笑していた。


「あはは! あはははははは! 時人――さ……ま!『うおお!』って……。ヘタレな声出しましたね」

「そんなに笑う事か?」

「だって……物凄くヘタレ……あはははははは! ――ぶっ!」


 大笑いしている雫に思いっきり水をかけてやる。


「油断大敵だろ?」

「やりますね……。えいっ!」

「そらっ!」

「うりゃ! あはは!」

「えりゃ! うふふ!」


 なんやかんやで雫と海を満喫したのであった。




♦︎




 2人で海だから、そこまで長い事滞在しないと思っていたが、雫との海は凄く楽しくて数時間ずっと遊んでしまった。

 ビーチボールで遊んだり、浮き輪でぷかぷか浮かんだりして楽しい時間を過ごした。


 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎ陽は沈んできていた。


 空は青色からオレンジに色を変えていた。


「雫、そろそろ戻ろうぜ」


 夕暮れの海は幻想的で綺麗だ。いくらでも見ていられる。

 だが、俺は雫に気を使った。彼女は夕暮れ時が嫌いだから。


 しかしながら雫はパラソルの下から動こうとはせずに海を眺めていた。


「雫?」

「見て下さい時人様」

「ん?」

「夕陽で海がオレンジ色になって……。光っていて……。とても綺麗ですよ」

「そう……だな……」

「こんな綺麗な夕暮れは嫌いですが……。これほどまでに綺麗だとつい目を奪われてしまいますね。ロマンチックという言葉がピッタリです」


 そう言って風に靡く髪を耳にかける。


「そして、心の中にあるわだかまりも無くなりそう……」

「どう言う事?」


 俺が尋ねると雫はこちらをジッと見て真剣な眼差しで聞いてくる。


「なにがあったのですか?」

「え?」

「ここ最近の時人様はどこか上の空の様な……。なんだか心ここにあらずの様な気がします」

「そうかな?」

「そうです。一体何年同じ時を生きているとお思いですか? あなたの事は些細な変化でも分かります」


 そう言った後に「とぼけないで答えて下さい」といつになく真剣に聞いてくる。


 こうなったら嘘をついても仕方がない。観念したかの様に俺は夕陽に映る海を見ながら答えた。


「――実はさ……。告られたんだよね……。夏祭りの時瑠奈に……。本気で好きだって……」


 そう言うと「――やっぱり……ですか……」と分かっていたかの様な発言をされる。


「それで!? 付き合うのですか!?」

「いや……」

「ふったのですか!?」

「その……」

「どうなんですか!?」

「それは――って近い近い。物凄く近い」


 雫は最早鼻と鼻が当たると言わんばかりの距離まで詰めてきていた。


「あ、すみません」


 そう言って少し距離をとる。


「その……。返事は待って欲しいって言われてな――。ま、今まで告白なんてされた事ないし、どうしたら良いか分からなくて、その雰囲気が雫から見たら変に感じたのかもな」


 そう言うと雫は心配そうな顔をして聞いてくる。


「瑠奈さんと付き合うのですか?」

「正直分からない……」

「分からない?」

「あの場で『今すぐに返事をしてくれ』と言われたら絶対に断っていた。だけど『返事は待って欲しい』って言われたし、素の自分を見て欲しいって言われたから……。それなら急いで返事をするのは瑠奈に悪いのかなって思う。だからゆっくりと答えを出そうと思って」

「――そう……ですか……」

「雫は俺と瑠奈が付き合うのはどう思う?」


 そう聞くと雫は視線を逸らして言ってくる。


「し、知りません! どうでも良いですよ!」


 ちょっと怒った声で言うと「ほらほら」と手を叩く。


「戻りますよ。片付けましょう」

「へーへー」


 正直「イヤです」って言葉を期待したんだけど、まぁ雫はそういう子だよな。


 そんな事を思いながらパラソルを片そうとすると俺の手が物凄い勢いで握られる。


「――イヤ……。ハルくんの隣は私……」


 そんな儚い声が夕暮れの波の音と共に聞こえてくる。


 雫は数秒経つと我に返ったかの様に瞬間的に沸騰してパッと手を離して瞬時にパラソルを片し、レジャーシートを片す。


「――ほ、ほ、ほらほら! も、どり、ましょ! お、お風呂楽しみですね!」


 そう言って先陣切って歩き出す。


 雫の後ろ姿を見て俺は自然と笑みが溢れてしまう。

 恐らく――いや、確実にさっきの言葉が嬉しかったからだろう。

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