あの件の続き
「おはようございまーす」
カランカランと音が鳴るドアを開けながらいつもの挨拶の言葉を放ち店内に入る。
ここはカフェバー『クレッセント・サン』
学校の最寄り駅から徒歩5分にあるお洒落で落ち着きのあるお店。そして俺のバイト先である。
なぜだろうか? いつものバイト先だし、昨日も働いたのに久しぶりに感じるのは。
「うん。気のせいだよな。気のせい」
マスターの増田さんはカウンターの奥で洗い物をしていた。
「おはよう」
洗い物の手を止めてこちらを見て渋い声で挨拶を返してくれる。
俺は学生服のまま、カウンターに入り、地面に置いてある青色の荷物置きに鞄を置いて、壁に掛かっているエプロンを付けた。
「おーい。お前達ー。餌だぞー」
店で飼っているアクアリウムの熱帯魚達に餌をやる。いつ見ても綺麗で癒される光景だ。
「ほらほら。『ポプス』今日も可愛いなー」
単独飼育している『ポリプテルスのポプス』に餌をやりながら声をかけてやる。
「『ベータ』お前は本当に綺麗な奴だなー」
こちらも単独飼育している『ベタのベータ』の身体を褒めながら餌をやる。
そして最後にこの店の看板娘『リクガメのメリちゃん』の飼育ケースに行くと『早よ! 飯!』と言わんばかりに飼育ケースに頭をドンドンする。
「ホイホイ。メリちゃん。飯だぞー」
これにて俺の最初の仕事が終了し、マスターの所へ足を運ぶ。
「マスター」
マスターと呼ばないと反応してくれないお茶目でちょっとウザいマスターの増田さんを呼ぶ。
「ん?」
「もうすぐ期末テストがあるので、シフト減らさして頂いてもよろしいでしょうか?」
そう聞くと頷いて「勿論」と答えてくれる。
「学生の本分は勉学だ。事前に伝えてくれているから、休んでも良いよ」
「ありがとうございます」
「――ん……?」
「どうかしました?」
「いや、何か前にも同じ様な……」
「まぁテスト前の時のテンプレみたいなものですからね」
「いや、そうなんだけどね? だけど、なんだろう? 堂路くんは結構シフトに入ってくれてるのに、かなり久しぶりな気がするのは」
「あ、それ、僕も感じました」
「なんでだろう?」
「なんでしょう?」
「――んー……」
「まぁ深く考えたら負けですよ」
「――そうだな。その通りだ。うぬ」
マスターが頷いて納得していると、店のドアがカランカランと鳴り響いた。
「いらっしゃ――」
接客の為にドアの方に近付くと珍しいお客様がやってきた。
「とおおじいい」
一瞬松井先輩が来たかと思ったらギャル先輩だった。
そういえばここの場所を体育祭の前に教えた事があったな。
「い、いらっしゃいませ。カウンターどうぞ」
一応客なのでキチンとした対応でギャル先輩をカウンターに案内する。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
「――くれ……」
ギャル先輩が小さな声で何かを言ったが全く聞き取る事が出来なかった。
「はい?」
「どう告白したら良いか教えてくれ!」
「――えっと……。ウチはそう言う店じゃないんすけど……」
「もう! わっかんねーよ! 考えても出てくるのは『指輪バーン』なんだよ!」
ギャル先輩は顔を伏せて喚いていた。
最早それは病気だろ。
「――恋のお悩みかな? お嬢さん」
「え?」
顔を上げるとマスターが「ぷっ」とギャル先輩の顔を見て吹き出しそうになっていた。ギリギリアウトだ。
「――こ、これはこれは何とも……。タイムスリップしてきた気分だ」
「マスター。それアウトっすよ……」
耳元で言ってやると「そ、そうだね……」と頷いてコホンと咳払いをして「とりあえずこれを飲んで心を落ち着かせなさい」とコーヒーを彼女に提供する。
「ウチ……。コーヒー苦手なんだよね……」
「じゃあ何で来たんだよ」
俺のツッコミにマスターが俺を見て苦笑いで言ってくる。
「キミもコーヒー飲まないのに働いているよね」
「あ、あははー……。そ、それより先輩! どうぞ。マスターのコーヒーは飲むと幸せになりますよ」
「キミ、私のコーヒー飲んで吐いたよね……」と俺にギリギリ聞こえる位の小さな声で言ってくる。しつこいのでスルーしておこう。
ギャル先輩は仕方なしでコーヒーを1口飲むと目を見開いてもう1口飲んだ。
「――美味しい」
「飲んで落ち着いたら堂路くんに相談しなさい。私は少し用事を思い出したから少し出るよ」
「用事って煙でしょ?」
マスターは「はっはっはっ」と高笑いをして出て行った。
確実に煙草だな……。
「それで? ギャル先輩。告白の仕方ですっけ?」
「そうだよ! 分かんねーんだよ! お前星野にどう告ったんだよ!?」
「いえ、別に告ってないっすけど」
「うるせー! お前ら大会の日しれっと一緒に帰ってたろ!? 気が付いてたのウチだけだけどな!」
よく見てんなぁ……。
「――んー……。まぁ……その件に関しては……もう良いか……」
「いや! 良くねーよ! 教えろよ!」
「しょうがない――雫にこの事言っても良いですか?」
俺とギャル先輩の中だけの秘密みたいなものなので断りを入れると彼女は迷わずに「おう!」と答えてくれる。
「なんだったらお前より星野の方が喋りやすい」
「それもそうっすね。じゃあ――」
俺はポケットからスマホを取り出して雫にメッセージを送った。
――数分が経過して雫が来店する。
「事情は時人様より聞いております」
雫は言いながらギャル先輩の隣に座る。
「時人――様?」
ギャル先輩は雫と俺を何回も往復して見た後に1つの答えを導き出した。
「そういうプレイ?」
「――やっぱり最初は誤解から始まるんだな……」
「まぁ仕方ないでしょうね」
俺達は諦めた様な声をお互いに出してしまう。
「しかし……よろしいのですか? 時人様」
「ギャル先輩だしな。大丈夫だろ」
「それは確かに。見た目とは違い彼女は信頼出来る方だと思います」
「それに――何だかあの日からそういうのは気にならなくなってきたよ。だから雫、安心してくれ」
そう言うと雫は俺を見つめて「はい」と微笑んだ。
「――ヘイヘーイ! 2人の世界入ってんぞー! 後輩共ー!」
「――あ、すみません。えっと……。プレイとかではなく、私はメイド。彼は――時人様は私のご主人様です」
「は?」
「これを見て頂いたら早いかと」
そう言って雫はギャル先輩にスマホを見せた。
「――堂路 時正?」
「はい。時人様のお父様です」
雫が言うと数秒間画面を見たまま「ええええええ!?」と驚いた声を出す。どうやらウチの会社のホームページでも見したのだろう。ナイスリアクションだ。
「こ、これが御曹司!?」
先輩が指差して言ってくる。
「はい。こんなのでも一応」
「誰がこんなのでもじゃ」
「ちょ! ちょっと待って!」
ギャル先輩は焦った顔をして俺を見てくる。
「何でこんな所でバイトしてるの?」
「焦った後の質問がそれですか?」
「いや、まぁ色々と気になる部分はあるけど……。いやー、え? 御曹司って天然パーマの俺様みたいなのじゃないの?」
「御曹司を何だと思っているのやら」
俺が呆れた声を出すと雫も「やれやれ」と肩を落として説明した。
「先輩。あれは漫画です。あんなに良いものじゃありませんよ? 特にこいつは」
「――星野は堂路のメイドなんだよな?」
「そうですが?」
「態度おかしくない?」
「あはは。こんなのにする態度なんてこれで十分ですよ」
ギャル先輩は理解に苦しんだ。その事については俺も苦しんでいるので何とも言えない。
「――まぁともかく。告白の件です。雫を呼んだのは、付き合ってるとか、俺が実は――って訳ではありません。どう告るかの話をしましょう」
「お、おう!」
話を戻すとギャル先輩が緊張した様な声を出す。
「もう告白は90%成功しているものだと思いますけどね……」
「あー。まぁなー」
俺達がそう言ってもギャル先輩は不安らしい。
「そ、そうとは限らんだろ!」
何故否定するのだろうか……。
「いや……あの人普通にメイクしてない塩路先輩が好き的な事言ってなかった?」
「はっきり好きとは言っていませんでしたが、可愛いとは言っていましたね。私達の前で」
「だったら化粧せずに告白したら――」
「――それで終わりですよ」
俺達の言葉を浴びても悩んでいる様子。
「先輩? 普通に告白するのが怖いのですか?」
「――えっと……」
「例えば放課後の教室に呼び出して――とか言うのは?」
「――あんまり学校とかは……」
そう言うと雫はポンと手を叩いて提案した。
「だったらテーマパークなんていかがでしょう? 非現実を体験した後、光の溢れるテーマパーク内での告白なんてロマンチックじゃありませんか?」
「それ良いかも。松井先輩も野球部引退したし、まだテストまでは期間に少し余裕があるから今度の休みにでも」
雫のアイデアに乗るとギャル先輩はプルプルと震える。
「――で、でも、誘うのは、恥ずかしいぜ……」
「確かに……女性から誘うなんて無粋ですよね?」
「うーむ。でも脳筋だから、上手い事あれを誘導するなんて難しいよな」
3人でどうするか悩んでいるとギャル先輩が雫の手を取る。
「ほ、星野! だ、ダブルデートしよう!」
「――は?」
「な!? だ、ダメか!?」
「い、いや……ダブルデートって……」
チラチラと雫がこっちを見て助け舟をよこしてくる。
なので、俺は後が怖いのでフォローに入る。
「ダブルデートというよりは誘うのが恥ずかしいんでしょ? 俺が筋肉ダルマ先輩誘えば良いっすよね?」
「う、うん」
先輩は恥ずかしそうに頷いた。
「じゃあ俺から上手いこと言って誘っておきますよ。でも、あれっすよ? ちゃんと告って下さいよ?」
「――あ、ああ! う、うん」
「ほんとかなー?」
「ま、まま任せろ!」
そんなキョドリながら言うギャル先輩に不安を覚えながらも先輩達のデートが決定したのであった。




